2月22日
[こんな時間なんだけど…ルブラン行ってもいいかな?]


夢乃からそんなメッセージが届いたのは夜も頃合の10時過ぎだった。 なんの意図があってか知らないが、夜に恋仲である異性の部屋にやって来ようというのは些か不用心過ぎやしないかと思う。が、それもこれも『そういうつもり』でやって来るなら話は別だ。

[うん、大丈夫。 外暗いし迎えに行こうか?]

あれこれこの後の展開を想像して、心拍数の上昇する胸の音を聞きながら即レスする。 ああ、早めに銭湯行っておけばよかったなあなんて考えていると、携帯が振動した。

[いや大丈夫、もうすぐ着くから]

もう家を出ていたのか。ああフレグランススプレーを撒いて、それからシーツを整えて、モルガナを双葉の家に───。

[あ、モルガナは出掛けさせないでおいてね!?]

───思わず携帯を2度見する。 作業台の上で雑誌を読んでいたモルガナが此方をじとりと見つめて欠伸をした。

「携帯見つめてニコニコしたかと思ったら…すんごい顔してるぜ?」
「だって夢乃がモルガナに居て欲しいって…」
「なんでワガハイはフタバの家に行かせる前提なんだよっ!ていうかなんだ、ユメノが家に来るのか?」
「うん。 だからてっきり」
「オマエなー、健全なダンシコウコウセイだぜ全く…」

やれやれとでも言いたげにしっぽを振るモルガナからの視線を背に受けながらソファに腰掛ける。 だってそりゃ仕方ないし、正真正銘男子高校生だし。

頭の中でぶつぶつ弁明していると、携帯が振動して「ルブラン着いた」と一言、夢乃からのメッセージを受信した。




…。



「ごめん、こんな時間なのに…」
「いや全然大丈夫。むしろウェルカム」

薄灰色のパーカーのフードを目深に被った夢乃が、ルブランの玄関を潜り眉を下げて微笑む。 ここでは寒かろうと屋根裏へ手を引くと、案の定その手は冷えきっていて思わず指を深く絡めて体温を与えるように揉んだ。

肩越しに振り返れば、何時もより顔を赤らめた夢乃が何処か熱っぽい瞳を歪ませている。

「い、いいから…」
「ああ」

と返事はするが辞める気は毛頭無い。 にぎにぎと柔らかく小さい手を揉みながら階段を登り、彼女を隅のソファに座らせた。

「珈琲飲む?」
「ありがとう。でもまずは見て欲しいものがあるの」
「なんだ?」
「…今日メメントス潜ったでしょ?その時にシャドウから変な攻撃されたの覚えてる?」

そう告げると、夢乃は少し恥ずかしそうに目を伏せる。

「覚えてる。気味の悪い魔法だったな」
「ああそうだな…結局何の効果があるのか分からなかったし」

モルガナが頷くと、夢乃は困った表情を浮かべて薄灰色のフードを剥がした。
サラサラと肩におちる綺麗な髪よりも先に目に入ったのは、普通は存在しているはずの無い耳だった。…ねこの…。

「…猫!?」
「ほ、ホンモノなのかっ!?」
「うん、本物の猫の耳」
「か、」

可愛い、とつい口に出そうになってしまって慌てて口を塞ぐ。 突然生えた猫耳に困惑しているであろう夢乃に、安直に可愛いと投げかけるのは如何なものかと踏みとどまった。が、その想いはすぐに崩れることになる。

「ほら、しっぽもあるの」

そう言うと夢乃は、ボトムスのホックを緩めてパーカーの裾から茶色の細い尻尾をちらりと覗かせた。

「かわいい」
「えっ」

何言ってるの?と言いたげな夢乃の愛らしい睨みを受けるが、いやそれは不可抗力だと首を振る。猫耳に尻尾とは実にけしからん、可愛いがすぎるし声に出ても仕方ないくらいの反則装備である。
そんな悶々とした感情は彼女に届かず、夢乃は耳(猫の方の…)を心做しかしゅんとさせて肩を竦めた。

「…と、まあ…謎の猫化現象がおきてしまいまして…」
「あの時のシャドウの攻撃が影響してんのか? いやでもここは現実世界だしな…」
「モルガナも認知世界での出来事が影響して、こうして声が聞こえるようになったし…何かわからないかなって思って」
「えっ」
「え?」

俺に逢いに来たんじゃないのか? という言葉は飲み込んで「なんでもない」と声を絞り出す。 状況が状況だが、夜遅くに異性に逢いに行くなんて。猫だしオスだけど。
しかし当のモルガナはううんと唸って申し訳なさそうに夢乃を見上げる。

「うーん、悪いが見当もつかないな…。 仮に認知が影響してるのなら、ワガハイと同じように普通の人間には猫耳や尻尾が見えてない可能性もあるんじゃないか? 」
「あー確かに… ちょっとスーパーにでも行ってみようかな?このまま」

猫耳が見えてたら流石に目を引くから視線で分かるし、と解決の糸口が見えて嬉しそうな夢乃の身体を思わずぎゅうと抱いた。

「こんな可愛い姿、周りの奴等に見られるの絶対無理」
「オマエなー」
「あー…でも本当に見えてたら恥ずかしいな…」
「まあ今日は時間も遅いし為す術が…ん? 携帯鳴ってるぞ、レン」
「本当だ」

夢乃に見惚れて数コール無視してしまった携帯画面には、[双葉]の文字が表示されている。 名残惜しいが腕に抱いた夢乃を解放して通話ボタンをタップした。

「もしもし?どうしたんだ?」
『も、もしもしい!? ちょっとな!夢乃の猫化の件で分かったことがあってな!?』
「…双葉、また俺の部屋盗聴してる?」
『あ、あー…』

バツの悪そうな双葉の声がしてバタバタと書類が崩れ落ちる音が聞こえる。

『まあまず聞いてくれ。夢乃の猫化現象に1つ思い当たることがあるんだ。いいか?落ち着いて聞けよー?取り乱すんじゃないぞっ?』
「双葉が落ち着け」
『…ふう。まずメメントスでのあの攻撃がトリガーになったのは間違いないと思う。んで、今日は何の日だ?』
「今日?………あ」

ふと頭の霧が晴れたように光が差した。 2月22日、つまり猫の日である。

『あー言わんでいいぞ。そう、猫の日だ! で、蓮…忘れたとは言わせないぞ、昨日散々ボヤいた言葉をな…』
「昨日?………あーーー…」

ここでの会話が盗聴されていると言う事は、昨日の独り言も全部盗聴されていたということか。 昨日の、あのふと飛び出てしまった独り言が。

『猫の日かあ…夢乃が猫のコスプレでもして夜這いしに来てくれたりしないかな…』
「うっ…忘れてくれ…」

1字1句そのまま、声真似のオプションまで付けられてしまって急に恥ずかしくなる。 ああ、あの時は疲れ果てていて、ふと聞こえたラジオから『明日は猫の日!』なんて言葉が流れてきたから気が緩んだというか。

双葉の声が聞こえていない夢乃とモルガナには、俺は1人でわたわたしているように見えているようで、愛しの彼女は尻尾をゆらゆら振りながら心配そうに此方を見つめていた。

『まあ多分そのせいだぞ。 リーダーの認知が歪んだ形で現実の夢乃に影響を及ぼした…的な?? なんたってジョーカーだからな!有り得ない事はないだろー』
「何でもありだな…」
『ご褒美展開だし喜んどけ、なっ! という事で、解決策は日付が変わるかリーダーの欲望が昇華されるか、どっちかと見た!』

楽しそうに声を弾ませる双葉につられて、此方まで楽しくなってきそうになる。 自分で思っていた以上に俺は夢乃に癒しを求めていたということだろうか。 にしてもこの女、この状況を心の底から楽しんでいる。

『モルガナはこっちに呼んでくれていいぞー! 日々頑張るジョーカーへの労りの気持ちだ、感謝してくれよな!んじゃ!!励め!!ナニにとは言わん!!』

ツーツーと通話終了の機械音が鳴る。耳からスマホを離すと、「双葉、何だって?」と耳を揺らしながら夢乃がこちらへ近寄ってきた。

「解決策を教えてもらった」
「本当!!すごい、流石双葉ちゃん!」

この部屋の会話を盗聴されていたとも疑わずに、夢乃は素直な笑みを浮かべて手を叩く。 なぜ双葉がこの事態を把握しているのか疑問に持たない天然さが愛おしい。

「モルガナ、お願いが」
「…あー、わかったぜ。とにかく、解決策が見つかったなら良かったじゃねーか!」
「うん。ありがとう」

いつも悪いな、と目をやると 凛々しい瞳をやれやれと歪めたモルガナが背を向けた。

「じゃ、気の利く男のワガハイ、今日はフタバのとこに泊まってくるから」
「えっ モルガナ? 」
「ナカヨク、な!」

何で?と困惑する夢乃ににやりと笑みを返すと、モルガナは軽い足取りで階段を下っていった。






「…なんで?モルガナが居ると解決できないの? 」

去っていくモルガナの背中を眺めていた夢乃が、をきょとんと目を丸くしてソファに座り直す。

「ああ、色々と不都合が」
「…? そうなの? じゃあちゃちゃっと解決しちゃおうよ!」
「うん。、じゃあまずこっちに来て」
「わかった!」

腰掛けたベッドの隣をポンポンと叩くと、にこにこ笑みを浮かべながらしっぽを揺らして夢乃が駆け寄ってきた。 可愛い、ただでさえ愛らしいのに尻尾と猫耳のせいで可愛さ倍増、いや倍倍増である。
ベッドへ座ったタイミングでぎゅうと両手を絡め取り目を見つめた。

「ごめん夢乃、どうやらこの事態は俺が原因らしい」
「えっ どういうこと?」
「責任を取らせてくれ」
「待って、どういうこと!?」

ぐいっと簡易ベッドに押し倒すと、ふわりと香る石鹸のフレグランスが鼻を擽った。

「俺の夢乃を愛する気持ちが認知の想像を超えたらしい」
「あ、あい…!?」
「うん、愛してる。 この愛しさを夢乃にぶつければ猫の日の祝福は消えるって」
「ねこのひのしゅくふく…」

目を丸くしてパクパクと口を動かす夢乃に、ちゅうと唇をおとす。

「だから、今日は全身で俺の愛を受け取ってくれ」
「は…っんう!…ちょ、…ああっ、」

尻尾の付け根を柔らかく揉みながら口付けをすると、甘く甘美な声が夢乃から漏れた。 なるほどこれは俺の認知通りだと昂りが止まらない。
状況が飲み込めないほどピュアじゃない夢乃は、これから自分がどうなるのか理解して耳を赤く染めた。


「お、おてやわらか、に…っ」
「…努力はしてみる」
「そ、そのかお! する気ない、かおだっ」
「だって可愛すぎるのが悪い…」

ちゅうと深い口付けをする。心做しかいつも以上に甘い声で喘ぎを漏らす夢乃に、俺達の長い夜が始まった。




…。



「モナモナぁ!ささいらっしゃい…。あ、安心しろ! ルブランの盗聴器とリーダーの携帯の盗聴アプリは一旦切ってあるからなっ」
「ぐわっ! た、楽しそうだなフタバは…」
「そりゃそー。 リーダーの認知の影響で夢乃に猫耳が生えたなんて面白すぎる…とくダネだわ、リーダーの認知力えぐすぎるぞ!」


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