二兎得る者
「面白くないな」

キーピックを量産していた手を止めて、潜入道具の散らばった机に倒れ込んだ蓮が呟く。 今日は休日の昼間だというのに、怪盗団のリーダーは殺風景な屋根裏で潜入道具作りに勤しんでいた。退屈そうに外を眺めていたモルガナが身軽な動作で机の空いたスペースへ飛び乗り、ふわふわの癖毛をじとりと眺める。

「オマエ…そんなに悩むんなら、さっさと告っちまえばいいじゃねーか」
「…振られたら立ち直れないし」
「好きじゃ無かったら毎日のように一緒にいないんじゃねーか? 少なくとも好意はあるだろ」
「うー…だって夢乃皆と仲良いし。 今日だって祐介と2人で美術館行くって…」
「ワガハイから見たオマエらは相思相愛に見えるけどな」
「…本当?」

少しだけ頭を起こした蓮に見つめられて、モルガナは思わず「お、おう…」と自信の無い返事を口にした。 これ程までに惚けた表情を見たことがあっただろうか。 こりゃ本当に、振られたら立ち直れないだろうなあとモルガナは耳をかく。

怪盗業の為とはいえ蓮が複数の異性と交流するのを近くで見てきたモルガナは、彼の事を密かに「妙に女慣れした天然タラシ」と思っていた。 相手の欲しがる贈り物をしたり、会話では相手の欲しがる言葉を的確に与え、しまいには危険を犯して魔の手から救い出してしまう。 そんな異性に好意を抱く事は至って普通のことだろう。
それを彼…雨宮蓮は息をするようにこなしてしまうのだ。

それが今や怪盗団の一員である1人の少女、蘇芳夢乃の事を思い一喜一憂する唯の少年でしかない。 彼の認知を改めなくてはいけないとモルガナは心の中で思った。

「オマエはもっとそういう事に慣れてると思ってたぜ」
「え、なんで…あー、竹見先生とか東郷さんとかの事言ってる? あれはだって協力者で怪盗団の為だから」
「意外と倫理観しっかりしてたんだな…」
「意外とってなんだよ」

むすっと蓮がボヤくと、ピコンと携帯の通知が鳴る。 どうせ竜司だよ、とキーピック作りを再開しようとした蓮だったが、目にした携帯には[夢乃]の名前がポップアップに表示されていて、慌ててキーピックを放り投げた。

「うお!?あぶねっ」
「夢乃からだ」
「んだよ、目輝かせやがって…」
「…う、やっぱり好きだ…」

チャットには[祐介と鑑賞会終わって渋谷のカフェに居るよ、暇してたら君も来ない? ]の文字がスタンプと一緒に送られていた。

「出掛けてくる、モルガナも行く?」
「ああ、面白そうだから着いてくぜ。どーせ暇だしな」

いそいそと簡単に机の上を片付けていつもの鞄を用意する蓮に、モルガナはくつくつと喉を鳴らす。

「恋愛慣れしてんのは夢乃の方だったか」

小さく呟いてから飄々と机から降り立った。




…。




『ねえモルガナ、二兎追うものは一兎も得ずって言葉知ってる?』
『ああ、それがどうしたんだ?』
『私はね、その言葉が大嫌いなの』
『なんだよ急に…』
『二兎追うものは二兎得ても良くない?って。 まあ同時に2匹の兎を追いかけたら捕まえるのは難しいことは分かるんだけどさあ。そもそも二兎捕まえたいならもっと頭使わないと』
『…? 話が見えねーぞ、簡潔に言えっ 簡潔に!』
『ふふ、まあつまり…私は二兎共手に入れてみせるって話?』
『………ダメだ、結局話が読めねえ』
『そのうち分かるよ、楽しみにしてて』
『おおう? ううん?』
『んーじゃあ…特別にモルガナが理解出来た時、高級寿司おごってあげる』
『いいのか!? 』
『うん。 みんなには内緒ね』
『にゃっふー! ワガハイは秘密を守れる男だぜっ』


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