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千秋楽を終えた後、劇団や銀泉会のヤツらが楽屋に来た。
今、俺の手元には以前親父に壊されたのとまったく同じメイク道具がある。親父から、劇団に残る俺に餞別だと渡されたそれは、親父が自分で買いに行ったんだと槙田さんが言ってた。あの人相でコスメフロアに行くとか、左京の言う通り、営業妨害以外の何物でもねぇ。その絵面を想像すると笑えるけど、さっきから自分の口角が上がってるのは、それだけが理由じゃないって分かってる。

それからちょっとして、俺達が片付けを進めていたら監督と一緒になまえが来た。「お疲れ様!」ってすげー嬉しそうに笑ったかと思えば、目を爛々とさせて今回の公演の感想を話し始めた。興奮して話してるくせに、意外と手はちゃんと動かしてる辺り、実は器用だよな。時々止まるけど。

「今までで一番良くて……!もちろん、今までも最高だったんだけど!」
「おーおー、わかったから落ち着け」

明らかに泣いたってわかる赤い目をしてるくせに、まだ泣き足りないのか、また目を潤ませながら、いつも以上に必死になって話すなまえに笑った。それがおかしかったからっていうより、なんか、自然と。……多分、嬉しかったから、かもしんねー。いつかに、芝居はすごいんだと笑った、あの時の顔と同じ表情をしてたから。その顔を俺もさせられたんなら、それは意味があることに思えた。

「あっ」
「!」

臣さんに宥められて深呼吸していたなまえと目が合う。公演の話聞いてんだから、目が合ったっておかしいことでもねーのに、なんでか身体が固まった。

「莇くんっ、その……すっごく、かっこよかったです!」
「な、」

公演を観てくれた人に何度も言われた言葉は、言われる度に戸惑ったけど、今回ほど動揺したのは初めてだ。持ってたペットボトルが潰れる音がした。
アベル役のことを言われただけだし、別に深い意味があるわけじゃ……って、深い意味ってなんだよ。普段他の劇団員相手にもなまえがこういうことを特に他意もなく口にすることは知ってるし。……だから、他意って何だって!――なんて、やたら混乱する思考に苛立つ。
なまえも、なんでそんなにまっすぐ言えんだよ。真っ赤な顔で必死になりながら、目はキラキラ輝かせて。そのくせ、言った後に何故かしゃがみ込んでるし。耳まで赤ぇのが見えて、一瞬、可愛いなんて言葉がよぎった……気がする。
辛うじて「どーも」と返したはずだけど、あんまり記憶が定かじゃねぇ。

***

「万里くん、私持てるよ!」
「へいへい、そーだな」
「そう言うなら持たせてよー!」

万里さんが持った荷物を取り戻そうと、なまえが万里さんの周りをうろちょろしてたけど、結局諦めたらしい。不満そうな声で「ありがとうございます」と礼を言うなまえに、最初からそう言えと万里さんが笑った。
先を歩いていく万里さんの背を頬を膨らせて見つめるなまえに、太一さんと十座さんが声をかけて抜かしていく。先頭の左京と臣さんが振り向いて、さっさと行くぞと声をかけた。

「ぐぬぅ……私が持ってくつもりで準備したのに……」
「おいなまえ」
「莇くん!」

それまでむくれてたのに、俺が声をかけた瞬間パッと表情を明るくしてこっちを振り向いたから、自分から声をかけたくせに咄嗟に言葉が出なくなった。……んな急に笑うなよなんて、理不尽なことを思う。

ふ、と一度息を吐いて、心を静める。
簡単にペースを乱されてる場合じゃねぇ。今ここで声をかけたのは、言っておきたいことがあるからだ。

「……今日は巻き込んで悪かった」
「え?……あっ。それは莇くんの所為じゃないよ!」

……。「あっ」ってなんだよ。あれだけのことがあったのに、一瞬忘れてたな、コイツ。
ツッコんだところで、どうせ公演で頭がいっぱいになってたとか言うんだろう。そういうところが危機感がないと言いたいとこだけど、さっき、後で左京が東さんや千景さんを集めて危機管理についてしっかり教え込むって小耳にはさんだから、俺からは言わないでおいてやる。実質説教のフルコースみたいなもんだろ、それ。

「公演のサポートとか、色々ありがとな」
「そんな、全然!こっちこそ、最高のお芝居を見せてくれてありがとう!……莇くん、ケガ、痛くない?大丈夫?」
「平気。……なぁ、」

ただ、どうしても俺から言っておかねーといけないことが、一つ。

「もう二度とあんな目に遭わせる気なんてねーけど……でも、もし何かあっても、もう絶対あんなこと言うな」
「あんなこと?」
「あんな状況で好きにしろなんて言って、どうするつもりだったんだよ」

責めるようになまえを見れば、良くない行動だった自覚はあるのか、眉を下げて言葉を詰まらせた。

「……みんなが助けに来てくれるのはわかってたし、そろそろ来てくれるだろうとは、思ってたよ」
「そんなん、いつ来る保証もなかっただろ!」
「だって、莇くんがあれ以上やられるのを見てるのなんて無理だったよ」
「俺は受け身取ってたって――」
「そうだとしても!嫌だよ!」

キッとこっちを見上げるなまえの目には強い意思が宿ってる。けど、こっちだって譲る気なんかねぇ。

「だからってあんなこと言って、自分がどんな目に遭うか分かってんのか!?」
「わ、わかるよ!でも、公演があったし、そうじゃなくても莇くんばっかりがずっと傷付くの、嫌だったんだもん!」
「はぁ!?」

コイツ、バカだろ!

「俺はああいうの慣れてるけど、アンタは違うだろ!」
「慣れてるとか関係ない!」
「どう考えてもあんだろ!」

そもそも、ずっと手を出されずに放っておかれたのは単に運が良かったからだって分かってんのか。そう問いかければ、わかってると返される。ああ言えばこう言う。俺の主張もなまえの主張も、かみ合わないで平行線だ。

「……このまま話してても埒が明かねぇな」
「……うん」

肯定は、どうあっても譲る気はねぇって意思表明だ。でもこれは俺だって折れるわけにはいかねー。

「とにかく、あんなこと二度と言うな」
「……」

意地でも返事をしないなまえを一瞥したら、いじけた子どもみたいな顔をしてた。声をかける前に、「あざみー!早く早く!」と寮の外まで出て来てた九門に呼ばれて、それ以上会話はないまま、俺達は打ち上げの準備に向かった。

***

「……なんでこんなとこで寝てんだよ」

打ち上げの途中、志太と電話するために抜けてから戻れば、談話室のソファーでなまえが寝入っていた。いくらここに住んでるとはいえ、なんでこんな男ばっかのところで寝るんだよ。左京の説教はどうした。……まぁ、流石にまだか。
呑気に寝てるなまえから目を逸らしたものの立ち去りも出来ずにいたら、俺に気付いた咲也さんがジュースを持って近寄って来た。

「なまえちゃん、さっき一度起きた時に部屋に戻るか聞いたんだけど、戻るのは寂しいみたい。折角の打ち上げだし、オレもその気持ち、わかる気がするな」

その時、三角さんと天馬さんの声がして、テーブルの方が一層騒がしくなった。賑やかな空間に、慈しむような目を向けて咲也さんが微笑む。

「……。はぁ」

まぁ、今回はいいか。
脱力して、近くにあった椅子に座る。この辺に座ってれば、何かあったら気付けるし、あんまり煩いのよりこっちのが落ち着くし。
何が面白いのか、咲也さんがこっちを見て笑った。

「莇くんも何か飲む?持ってくるよ」
「……あざす。じゃあ、お茶を」
「うん。なまえちゃんのこと、お願いするね」

……。自分の意図が伝わってるとは思わなくてちょっと驚いた。
咲也さんの言葉にはうまく返事が出来ないまま、俺は歩いていく背中を見送った。

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