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劇場に着いた途端、全員で競うように車から降りた。開演時間は既にかなり過ぎてる。
全員十分で出られるようにするって宣言して、手早くブラシを動かす。大体全員のメイクを終えて、最後に席に座ったのは左京だった。

「さっき捕まった時、ガラにもなく怖くて震えた。俺のせいで今までアンタたちが積み上げてきたもん、全部ぶっ壊れるかもしれないと思って」

なまえを巻き込んだことも含めて。
自分の出来る最速でメイクを施しながら本音を溢せば、「そっちかよ」と万里さんが笑って、「珍しく弱気になったのかと思ったら」なんて左京の呆れ交じりの声が聞こえた。

「バカみたいな着ぐるみ着たアンタたちが来て、クソ左京の声が聞こえた時、心底ホッとした」
「バカみてぇな、は余計だ」
「こんなこと二度と言わねぇけど、子どもの頃アンタのこと、ずっと、ほんとの父親みたいに思ってた。今も、思ってる。母親がいねぇかわりに、父親が二人いたから……俺はこんな物騒に育っちまったのかもな」

人のせいにすんな、と左京が言うのと、メイクが終わったのは、ほぼ同時だった。心の中がすっきりしたような気持ちで出来栄えを確認して、頷く。
よし、完璧だ。


「みんな!」

準備が出来て、楽屋を出たところでなまえに声をかけられた。大きく手を振って屈託ない笑顔を見せるなまえはいつもと何も変わらなくて、見慣れた笑顔にホッとする。同時に、それがちょっと眩しくて目を細めた。
……つっても、なまえも緊張でちょっと顔が引きつってるけど。まー泣いてるわけでもないし、気付いてないことにしてやるか。

「いってらっしゃい!」
「おう!」
「ああ」

頷いて、なまえに背を向ける。
さっきのこととか、色々あったけど。今はただ、目の前の舞台のことだけ考えればいい。
きっとそれは、ここにいる全員が思ってることだと、不思議と確信してた。

***

主人公のアベルを演じる俺。
アベルの相棒、イヴァンを演じる万里さん。
情報屋ドギーを演じる十座さん。
イヴァンの弟、ロイを演じる太一さん。
イヴァンの復讐の相手、レッドを演じる臣さん。
そして、アベルの父親、ビルを演じる左京。
最後まで演じきった俺達に、これまで聞いた中で一番でけぇ拍手が送られる。
すげー音……。

「……もっとやりてー」

止まない拍手の中、舞台袖に戻った俺は気付いたらそう呟いてた。
芝居を始めるまで……いや、始めても、自分がこんな風に思う日がくるなんて思ってなかった。

「芝居の面白さ、ようやくわかってきたみたいだな」
「上等だ」
「最高だったッス!」

清々しさとか高揚感とか、言葉で形容しがたい気持ちで満たされながら、カーテンコールに向かう。
劇場内を捜しても、俺が誘った志太の姿は見えなかったけど。
でも、最高の舞台だった。

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