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「あざみくん、ごめっ、ごめんなさい!」
「だから、受け身取ってたから平気だって」

左京の指示で、どっかのヤクザの息子だとかいう男をケンさんが連れて行く。それには目もくれず一直線にこっちに走ってきたなまえは、開口一番俺に謝ってきた。……巻き込んで謝らねえといけねぇのは、こっちなのに。

「動けるか?」という臣さんの問いに余裕だと答えたら、万里さんに肩を小突かれた。

「悪い。みんなに迷惑かけて――」
「この借りは舞台の上で返せ」
「謝罪の気持ちは舞台で見せてみろ」

万里さんと十座さんの言葉に、頷く。
……二人が言う通り、今日の舞台でこの借り全部返してやる。

「急いで戻るぞ」
「はいッス!」

全員で走って倉庫から出る。公演は、夏組が前座で間を持たせてくれてるらしい。一秒でも早く、劇場に戻らねぇと。
ケガをしてないわけじゃねーけど、走りながら、やたら身体が軽く感じた。

***

「莇くんは舞台に立たないといけないのに、私、なにも助けられなくて、ごめんね。私の方が莇くんにずっと守られちゃってた……」

車に乗ってから、怖かっただの痛かっただの言う前に、俺のケガを心配して泣きそうな顔で謝るなまえに戸惑った。それから、左京に聞かれるがままにどんなことがあったかを話すなまえが、嘘を吐いてるわけでも、誇張してるわけでもないのに、言葉にすると結構大事に聞こえるから、ちょっと焦った。

「大したことねーから」

じとりと不満そうにこっちを見てくるなまえは、そんなわけないだろうと目で訴えてくる。本当に、なまえが思ってるほどダメージ受けてねーし。
それに……。
苦々しい気持ちが湧きあがって、奥歯を噛んだ。悔しさと罪悪感が腹の中でぐるぐる回ってる。

「……なまえだって、背中蹴られただろ」
「あれは蹴られたっていうより足で転がされたっていうか……。それに、それだけだし」
「は?それだけってなんだよ」

あっけらかんと言い放つなまえを睨んだら、びっくりした顔をされた。
……あ?本気で言ってんのか、コイツ?

「だって私は本当にそれだけで、それ以外なにもなかったし……」
「それだけなんかじゃねーだろ!」
「えええっ、莇くん、自分のことは大したことないって言ったのに!?」
「アンタと俺とじゃ話が違うだろ!」
「違わないと思う……!」
「おいおい、喧嘩すんなよー」

車内で言い合いを始めた俺達に万里さんが釘を刺す。

「んなこと言ったって……!」
「どっちの話もしっかり覚えた。両方、タダで済ます気なんかねぇよ。とにかく今は公演に向けて休んどけ」
「……チッ」

俺が舌打ちするのとほぼ同時に「はあい」となまえがちょっと凹んだ声で返事をした。それですんなり目を瞑るんだから、素直なヤツだと思う。
俺はそんな気になれなくて、窓の外を見る。もうちょっとしたら劇場に着くし、素直に左京の言葉に従うのも癪だし、……それにやっぱ、気持ちが全然落ち着かねぇ。公演への焦りと高揚。なまえを巻き込んだことへの罪悪感と怒り。

……ふと、左肩に僅かな重みを感じた。

「……は?」

って、なっ、なんでなまえが俺に寄りかかってんだよ!?
思わずでかい声を出しそうになったけど、なまえが寝てることに気がついて、寸でのところで口を閉じた。
動揺して俺の肩が揺れたのにあわせて、なまえの頭の位置がずれる。心許ないその動きに、バカみてーに心臓が跳ねた。
目ぇ瞑ってから寝るの早すぎんだろ。
俺からむやみに触ることも出来ねーし、かといってこのままにしとけねーし、どうしようかと悩んでいたら、万里さんに「そのままにしといてやれよ」と言われた。……なんで笑ってんだよ。

「あんなことがあって、流石に疲れてんだろ」

……そう言われたら、起こせねーじゃん。
はぁ、と諦めと共に息を吐く。窓の外に意識を向けようとしても、そう意識すればするほど左肩に感じる温もりが主張してくる。こんな状態じゃ俺、全然休めねーんだけど。
二回目の溜め息を吐くのに、時間はかからなかった。
一度、窓から目を離して呑気に眠ってるなまえを恨みがましく睨みつけてやれば、思ってた以上に近くにあったなまえの頭と、ふわっと香ってきたシャンプーの甘いにおいに、一瞬でそっちを見たことを後悔しながら顔を窓の方に戻した。
せり上げてくる、燻るような思いをほんのちょっと吐き出す。

「……守れてなんか、ねーだろ……」

小さなぼやきは、万里さんに聞こえたらしい。あの人、どんな耳してんだよ。

「いや、守れてたと思うぜ。そうでなきゃ今頃、なまえはそんな状態じゃなかっただろ」
「下手すりゃ、最初に手ぇ出されててもおかしくねぇからな」

「最初に手を出されてても」。その言葉を聞いただけで、実際に起きたわけでもないのに、ずしりと胸の奥に重い石でも詰め込まれたような感覚に陥った。

「巻き込んだのは、俺だろ」
「お前がやったわけじゃねぇ」

すぐに返ってきた十座さんと同じ言葉を、きっとコイツも言うんだろう。左肩に感じる、大したことない重みは、けど確かになまえの存在を感じさせる。それに安堵するような、さっきからずっと心臓が落ち着かないような、変な感覚だ。……ただ、確かに、大きなケガもなく戻って来れたのは、よかったと思っていいんだろう。

「……」

特に意味もなく、自分の掌に目を落とす。そしてそれは、何かを確かめるようになまえの方へと向かって――

「寝てた!」
「っ!?」

大きな声を出しながらパッと頭を上げたなまえに驚いて、咄嗟に右手を後ろに引いた。
……俺、今何をしようとしてた!?ね、寝てる女に触るとか、んな破廉恥な……!
自分の行動に焦ってたら、きょろきょろと辺りを見回していたなまえと目があって、二人で同時に勢いよく顔を反らした。

「……っわ、わわ、わわわわたし、もしかして今、莇くんに寄りかかってた……!?」
「それはっ、」

俺がやったことでもないのに咄嗟に言い訳をしようとして、でもその前になまえが顔を覆って必死に謝りだすもんだから、口から出ようとしてた無意味な言葉は行き場を失った。

「べ、別にいい!」
「でもでも私ってば、うわあーっ」
「いいから!」

言葉を強めれば、ぴたりとなまえの動きも声も止まる。それにホッとして、……つい、余計なことを口走った。

「俺はいいから。……だから、他では気を付けろよ」
「うう……はい……」

コイツ、本当に意味わかってんのか?他のヤツにもしそうだから言ってんだけど。
つい呆れる自分に、ふと俺自身、なんでこんなこと言ってんだ、と首を傾げた。さっきの行動といい、自分でも自分がやってることに混乱する。なんか胸がざわざわするっていうか……。

つーか万里さん、忍び笑いしてんのバレてっからな。あんま隠す気も無さそうだけど。

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