27
「やめて!」

私の必死の願いは倉庫内に空しく響いただけで、大柄な男は勢いよく莇くんに膝蹴りをくらわせた。「ぐっ」と苦しそうな声が聞こえてきて、自分が蹴られたわけでもないのに、ぼたぼたと涙が零れる。
手を後ろ手に縛られたまま放られている私と、同じ状態でずっと暴力を受けている莇くん。
一度、莇くんの代わりに私を殴ってよと言いかけたら、莇くんに物凄い形相で「ふざけんな!」と怒鳴られた。それでも、どれだけ怒られてもいいから、標的が私に変われば良かったものの、車にも乗っていたリーダー格の大柄な男は莇くんに恨みでもあるのか、あくまで彼をターゲットにしたいらしい。こっちには目もくれなかった。

「お願いだから、もうやめてよぉ……」

既に顔は涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃで、手を縛られてるからそれを拭うことも叶わない。結局私は転がってるだけでなにも出来なくて、莇くんの代わりになることも、助けになることも出来てない。
一方的に暴力を振るわれるしかない莇くんが、それでも立ち上がって反撃をしようと相手に蹴りかかる。手を縛られた状態では、うまくバランスも取れないし、力も入りきらないけれど。きっとそれをするのは、莇くんの性格と、あと、諦めてないからだ。舞台に立つことを諦めてないし、それに莇くんも、迫田くんが助けを呼んでくれるってわかってるんだと思う。それと、もしかしたら――

「そろそろこっちでも遊びません?」
「あ?」
「! ごほっ」

不意に背中を蹴られて、息がつまった。見上げると、車にはいなかった男の人が、リーダー格の男にへらへらとした笑みを向けている。背中に乗ったままの足が重くて痛い。

「そいつをサンドバッグにしてるより楽しそうですし」
「やめろっ」

立ち上がろうとした莇くんを男が蹴り飛ばした。

「うぐっ――」
「莇くん……!」

やだ、やめて。もうこれ以上こんなことしないで。
声は嗚咽にしかならなくて、ぐっと唇を噛む。
……私が、がんばらないと。ちゃんとしないと。今、ここで。

「……好きにしたらいいじゃない」
「へー?」
「何言って……!」
「だから、もう莇くんに手を出さないでよ!」

キッと、大柄な男を睨みつける。あの人が莇くんから意識を逸らしてさえくれれば、きっとみんなこっちに向かってくる。敵意を込めて相手を睨んでいたら、舌打ちをされた。こっちに向かって、男が歩いてくる。

「っめろって言ってんだろ!」

ふらりとバランスを崩しながらも立ち上がった莇くんが、男に後ろから蹴りを入れた。

「てめぇ!」
「っ」

今までにない怒りを滲ませ、激高した男に莇くんが殴られ、倒れてしまう。

「あざ、……っ!?」

身体を引きずって少しでも近づこうとしたら、ずしりと重いものが上に乗って、阻まれた。さっきの男が私の上に座って、にまにまと笑ってる。私を取り囲む、周りの男達も。その様子に、恐怖で喉がひくついた。
莇くんが、向こうで殴られているのが聞こえる。
嫌だよ、もうやめてよ。
「そのくらいにしといた方が」なんて声が聞こえてきて、莇くんはどれだけ殴られたんだろうと思ったら、涙が出た。こんな人達に、怖がって泣いてるなんて、思われたくないのに。
悔しくて私の上にいる男を睨んだら、「生意気な面してんじゃねぇよ」と胸元を掴まれる。頭が揺さぶられる衝撃で目を瞑った。

――その時、クラクションの音が、倉庫の外から聞こえてきた。

「あ?うるせーな」
「なんだ?」
「見てこいよ」

リーダー格の男の指示で、誰かが様子を見に行ったらしい。続いて、妙な音が聞こえてきた。私の上に座っている男が向こうに意識を奪われている間に、私もそちらに目を向ける。
倉庫の入り口から、ライオンの着ぐるみが入ってきた。
……って、ライオンの着ぐるみ!?
しかもライオンどころか、ウサギ、クマ、オオカミ、タヌキとぞろぞろと着ぐるみが入ってくる。
あれ、私、知ってる。

「なんだ、あいつら!」
「正義のうさぴょんだぴょーん」

相手を煽るような、わざと明るい声を出すウサギの着ぐるみに、ホッと息を漏らす。ほら、やっぱり思った通りの人の声だ。
――秋組の六人が幼稚園から着ぐるみを着て帰ってきた日、散々可愛い可愛いと笑ったのを思い出して、さっきとは違った意味で涙が出た。あの日、「なまえちゃん、リス好きだったッスよね?」って耳打ちしてきた太一くんに目を丸くして変な声を出しちゃったっけ。着ぐるみのチョイスに、太一くんのそんな気遣いが隠されてるなんて思いもしなかった。

「古市組、見参タヌ!」

その太一くんの声で、タヌキの着ぐるみがポーズを取った。

「悪い奴は許さないぞグルル」
「ガオー。俺たちの仲間を返してもらうぞクソガキどもが」
「クマの鳴き声ってなんだ……?クマー?」
「んな鳴き声あるか」

いつも通りのみんなに、緊張がほぐれて、身体の力が抜けた。
うん。もう、大丈夫。

「おい、坊、無事か」

ライオンの着ぐるみを着た左京くんが莇くんに話しかける。と、その時タヌキの着ぐるみが私の方を指差した。

「って、なまえちゃん!?」
「はあ!?」
「なんでなまえまでいるんだ!?」

そっか。迫田くんが来た時、私は既に車に乗せられちゃってたから、私のことは見えなかったんだ。

「おいテメー、何してやがる」

ウサギの着ぐるみが、私の上に乗ってる男に低い声で語りかける。それまで呆然としていた男が、一瞬身じろいだのがわかった。
静かに、けれどはっきりと怒りがこもった声で、左京くんが呟いた。

「すぐに助ける」
「ふざけやがって――」

左京くんの言葉に大柄な男が身構えたけれど、その時には十座くん、もといクマの着ぐるみが近くにいた男を殴り飛ばしていた。……と思ったら、ウサギの着ぐるみも同じくらいのタイミングで、近くの人を倒す。
それを合図に、倉庫内には一気に喧騒が広がった。
着ぐるみを着ているみんなは、視界も動きも相当制限されているはずなのに、そんなことを一切感じさせない動きで瞬く間に男の人達を倒していく。その合間を縫って迫田くんが莇くんを助けに行ったのが見えて、よかった、と息を吐いた。
私の上に乗っていた男は臣くんが入っているオオカミの着ぐるみに盛大に投げ飛ばされて、派手な音を立てて転がった。うわ、あれ絶対痛い。

「なまえちゃん、大丈夫!?」
「太一くんっ」

タヌキの着ぐるみに支えられて起き上がり、そのままその腕に飛び込んだ。手は縛られたままだから、頭をくっつけて泣きじゃくる。
絶対、みんななら助けに来てくれるって、わかってた。
けど、それでもどうしようもなく怖かった。怖くて、不安で、心配で、苦しくて悔しくて、たまらなかった。

「ありがとう……!」

ぽんぽん、と優しく背中を撫でる着ぐるみの手に温度なんか感じるわけがないのだけど、でもそれが、すっごく温かく感じた。

<< top >>
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -