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「ふわああ……あ!?」
「あ?」

夜、そろそろ寝ようかなと思って部屋に戻る途中、廊下で王子様、もとい泉田莇くんに会った。しかもよりによって、あくびをしている最中に。
突然のことにびっくりして、廊下のド真ん中で固まった私を莇くんが訝し気に見た後、避けて通り過ぎようとしたので、慌てて「あの!」と声をかけた。かけて、しまったのだ。莇くんが足を止めたのを見て、猛烈に後悔する。
なんで咄嗟に引きとめちゃったの、私!何を話したらいいの!えーっと、えっとぉ……

「お、お家とは違う布団だけど、大丈夫?よく眠れるといいね」
「え?ああ」
「えっと、おやすみなさい!」

おやすみ、と莇くんの返事を聞くや否や、私は部屋へとダッシュした。
その勢いのままに……といきたいところだけどうるさくしては悪いから、なるべく静かにドアを閉めて、それから勢いよく布団に飛び込む。
うわーっ、なに!なんであのタイミングであくびしちゃったの私!しかも、なに話しかけちゃってるの!話すにしても、もっと何かあったよね!?っていうか、さっき私何話したっけ!?あれ、ちゃんと話せてた?どうしよう、全然覚えてない!
顔を枕に埋めて、足をバタバタさせながら、ひたすら今の出来事を思い返す。
でも、返事してくれたし、しかも、おやすみって言ってくれた。莇くんが、おやすみって……!
それに喜んだらいいのか、でもやっぱりあくびしている瞬間を見られたところから既に終わってるとか、そんなことを散々考えて悶々としているうちに、気付けば日付は変わり、寝落ちていた。

***

「おはよう、なまえ」
「んあー、丞くん。おはよー」
「今日も眠そうだな」
「丞くんは今日もしゃっきりだね」

朝からランニング、すごいなあ。冬休みとかの長期休みには「しっかり起きろ」って私も一緒にやらされたけれど。……いや、元はと言えば、臣くんのご飯があまりに美味しくて太ってしまった私がダイエットをしたいと丞くんにお願いしたからだ。でも休み中にやるだけで精一杯で、習慣化はなかなか難しい。

顔を洗って、歯を磨いて……と準備を終えて談話室に入ろうとして、私はドアノブを握ったまま固まった。開きかけたドアから、中が見えたから。真っ先に目に入ったのは、まだ見慣れない、長めの黒髪。
い、いるー!
いるのは当然なんだけど、でも!いる!莇くん!
えっ、ここから見てもかっこいい……。後ろ姿だけでもあんなにかっこいいとか、どうしよう、困る。
ドアに背を向けて、ささっと髪を整える。どうしよう、変なところないかな。さっき行ったばっかりだけどまた洗面所に行って鏡を見た方がいい?

「何してんだ、そんなとこで」
「うわっ、天馬くん!」
「入らないのか?早くしないとまた九門に急かされるぞ」
「ハッ、そうだ!」

九門くんが劇団に入ってからは、学校が同じなので一緒に登校している。けど早起きが得意な九門くんは朝の準備も早くて、いつも待たせてしまうのだ。だから出来る限り早く準備をしたい。……けど、莇くんが……。
ええい、きっと朝のてんやわんやで、多少おかしなところは誤魔化されるはず!
天馬くんと一緒に談話室に入って朝食を食べていたら、程なくして莇くんは談話室を出ていき、入れ違いに、準備を終えた九門くんが颯爽と現れた。丞くんといい九門くんといい、朝が得意な人達はどうして朝っぱらからこうも活発に動けるんだろう。

「あ、ニンジン」
「……」

いつの間にか、食べ終えたはずのニンジンが私のお皿に復活していて、隣の天馬くんを見たら目を逸らされた。……まぁ、ちょっとは食べたみたいだからいいことにしよう。時間ないし。

「九門くんごめんねっ。もうちょっとだから!」
「うん、ゆっくりで平気だよ!」

にっこりと笑顔を向けてくれる九門くんは優しい。元々十座くんの弟で顔見知りだったこともあるけれど、短期間でここまで劇団に馴染んでいるのは、九門くんの明るくて人懐こい性格のお陰だろう。……千景くんは、時間かかったもんなあ。
ちょっと遠い目で思い返していたら、ご飯を食べ終えた天馬くんが立ち上がったので我に返り、私も慌てて手と口を動かす。
天馬くんめ、人にニンジンを押し付けておいて先に行っちゃうなんて!

支度を終えて玄関に向かうと、九門くんの話している声が聞こえてきた。
九門くんが前に喧嘩がすごく強い中学生を見たって話していたのが莇くんのことらしいから、今日は道すがら、その時のことを根掘り葉掘り聞くつもりだ。楽しみだなぁ。莇くん、喧嘩も強いんだなあ、かっこいいなぁ。

「莇、種中なの?じゃあ途中まで一緒に行こ!」

ん?

「あ、なまえちゃん。莇も一緒に行くって!」
「まだ行くって言ってないだろ」
「えーっ、行こうよ、方向同じだし」

んんっ?

「まーいいけど」
「やったー!」

話がまとまった二人に、笑顔を向けたつもりだけど、私はちゃんと笑えてただろうか。九門くんにあわせて、一緒に行こうって言ったつもりだけど、ちゃんと言えていただろうか。
……っていうか、ほんとに?
ほんとに、莇くんと一緒に学校行くの!?

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