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「はぁ……」

ぼんやりと宙を眺めながら、今日何度目かわからない溜息を吐いたなまえちゃんに、近くにいた紬さんと目を合わせて苦笑した。
ここ数日、なまえちゃんは心ここにあらずの状態が続いている。心配でもあるけれど、でもあれってどう見てもアレだよね。それなら、ここはやっぱり私が声をかけるべきだ。
よし、と意気込んでなまえちゃんの傍に寄ったものの、案の定なまえちゃんは私に気付く様子がない。

「なまえちゃん」
「……はっ!いづみちゃん!? えっと、えーっと、なにかなっ?」

なまえちゃんは丸い目をきょろきょろさせながら平静を装おうとするものの、全然出来ていない。それが可愛らしくて、ちょっとだけ笑ってしまう。

なまえちゃんは支配人の親戚だ。姪とかではなく、本人達によると「若干遠い親戚」らしい。若干遠いとは言うけれど、なまえちゃんのご両親が海外に赴任するにあたって、なまえちゃんを預けた相手が支配人だった。だから、なまえちゃんは新生MANKAIカンパニーを立ち上げる数年前から支配人と亀吉と一緒にMANKAI寮で暮らしている。
遠いからか、支配人の親戚と言っても見た目も中身も全然似ていなくて、なんなら現在保護者のはずの支配人よりもなまえちゃんの方がしっかりしている。かなりマイペースなところは、血筋かもしれないと時々思うけど。
なまえちゃんがMANKAI寮に数年間住んだお陰で、支配人が無事に生きられた、というのは亀吉が言っていたことだ。鳥にそんなことを言われるって、支配人……。
そもそも支配人に子どもを預けることが致命的な判断ミスなのではと左京さんが言っていたけど、なまえちゃんのご両親は「子どもを連れて行くのは危険な地帯」で働いているから連れてはいけなかったらしい。どこでどんな仕事をしているのかは、なんとなく怖いから聞いていない。そして当時、親戚間で預かってくれるのが支配人くらいしかいなかったとか。

出会った時は中学生だったなまえちゃんも進学して、現在は土筆高校の一年生。
いつも元気で、素直で明るい、みんなの妹みたいななまえちゃん。
そのなまえちゃんが、ここ数日、見たことのない様子を見せている。……やっぱり、アレだよね。

「ストレートに聞くね。なまえちゃん、もしかして恋でもしちゃった?」
「!」

ガタガタガタンッ

「大丈夫!?」
「……っ」

私が質問した途端、椅子から転げ落ちたなまえちゃんは、床に手をついて、痛がる素振りを見せるどころか、顔をりんごみたいに赤くして固まっている。
ああ、やっぱり……。

「な、なんでわかったのぉ」
「いや、絵に描いたように典型的な様子だったというか」

本当に恋煩いだったなんて。
顔を真っ赤にして、今にも泣きそうなくらい目を潤ませて混乱しきっているなまえちゃんは、どこからどう見ても恋する乙女だ。

「どこの人か聞いてもいい?」
「知らないの」
「え?」
「この前、お父さんとお母さんからのポストカードを落としちゃった時に拾ってくれた人で……すっごくかっこよかったの……」

ぽーっとしながら話すなまえちゃんに、てっきり学校の人とかだとばかり思っていた私は少し驚いた。まさか名前もわからない人なんて。
数か月に一度、ご両親から届く綺麗な絵や写真が印刷されたポストカードをなまえちゃんがとても大切にしていることは知っている。前にポストカードをきれいにしまえるファイルを作って、一成くんとデコったんだと見せてくれた。そんな大切なポストカードだからこそ、拾ってもらえて嬉しかったんだろうと想像出来る。
でも、それで恋かぁ……。

なんて、ちょっと悪い方に考えちゃうのは、幼かった妹が大人になるのが少し寂しい姉の心境のようなものなのかな。
私はまだしも、なまえちゃんが彼氏なんて連れてきた日には、絶対に許さないって言いそうな人が、二人、三人、いや五、……うーん、結構いそうかも。

なんとなく複雑なような、まだ存在もしていないなまえちゃんの彼氏が可哀想なような、なんとも言えない気持ちで、私はなまえちゃんの話に相槌を打った。

「もうね、王子様みたいだった」
「そっかぁ」

その表現にも張り合いそうな人が、一人、二人、三人……うーん、前途多難だ。
やっぱり私くらいはなまえちゃんの恋の味方をしてあげよう。もちろん、相手の人がどんな人か、しっかり見定めてからだけど。

***

数日後、談話室に入ったところで座り込んでいるなまえちゃんに驚いてどうしたのかと声をかけたら、なまえちゃんは部屋の中のある一点から目を逸らさず、口をぱくぱくと動かした。
ほぼ声になっていなかったそれが、確かに「おうじさま」と動いたのを私は見逃さなかった。
王子様……?
座っているのに驚いてまともに見れていなかったけど、なまえちゃんの顔を見ると、数日前、椅子から転げ落ちた時と同じ表情で顔を真っ赤に染めている。

なまえちゃんがこれまで知らなかった人で、今談話室にいる人。
それに該当するのはたった一人だ。

「こんなこと、ある?」

MANKAIカンパニーで暫く預かることになった家出少年、泉田莇くんと、彼をまっすぐ見つめたまま未だに動けずにいるなまえちゃん。二人の姿を交互に見て、若干眩暈がした気がした。

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