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莇くんと九門と歩き出すと、自然と話題はMANKAI寮に住む人達、主に劇団員の話になった。

「オレの兄ちゃんわかる?」
「ああ」
「兄ちゃん、かっこいいでしょ!」

そして説明を九門くんに任せたら、言わずもがな十座くんと夏組の話ばかりになる。
流石にそれでは偏り過ぎだからと、心臓をばくばくさせながら他の組についての説明を加えたら、「なまえちゃんは最初からいるから、兄ちゃんが入った頃のことも知ってるんだよね!」と結局十座くんの話に戻されてしまった。ブラコン強し。

「アンタは役者じゃないんだろ?」
「ハ、ハイ!チガイマス!」
「なんで急に敬語なんだよ。しかも片言」

莇くんに話しかけられた!
ガラスみたいに綺麗な緑色の瞳に射貫かれて、息も絶え絶えになりそうなのを見栄だけでどうにか誤魔化して喋る。敬語で片言が今の私の精一杯なんだよ……!

「なまえちゃんは家主なんだよね!」
「そうなの!」
「……親戚とは言ってたけど、あの建物、支配人のなのか?」
「ううん」

違うよ、と首を振る。建物の権利とかそういうのについては知らないけれど、まず伊助くんではない。多分いづみちゃんのお父さんとかだろう。

「なら家主じゃねーじゃん」
「秒でバレた」
「ええっ!?違ったの!?」

「てっきりなまえちゃんが言うからそうなんだと思ってた!」と純粋に驚く九門くんは、私より年上なのに、こういうところをかわいいなって思う。

「皆より前から住んでるから、似たようなものだよ」
「そっか!」
「いや、違ぇだろ」

家主だから、というのは去年から私がよく使っている言葉だ。
伊助くんと亀吉と三人で暮らしていたMANKAI寮に、ある時から急に住人が増え始めた。「家に住む人増えたなー」程度に思っていたら、皆がお芝居を始めて。本番が無事終わったと思ったら、また人が増えて。
春夏秋冬、四組の公演がすべて終わって一息ついた辺りでやっと自覚したのは、「家主だから」というのは、日々、あまりに目まぐるしく変化する住環境に、私なりに振り落とされないようしがみ付くための言葉だったのだろうこと。実際は家主でも何でもないけれど、その言葉を盾に年齢関係なく、劇団員もれなく全員を「くん」付けして、敬語を使わないことにした。
せめてもの虚栄であっただろうその言葉も含めて、皆が役者でも何でもない私のことも心から受け入れてくれていると気付けたのは、多分一年間一緒に過ごしてきたMANKAIカンパニー全員のお陰。

「もう何年も両親と離れてるんだよね?寂しくない?」
「うーん、寂しくないわけじゃないんだけど、皆がいて楽しいからそう感じる時間はあんまりないよ。ちゃんと保護者の伊助くんもいるし」
「あー」

あんまり頼りにならなさそうだけど、と大なり小なり顔に出る二人に、笑ってしまう。

「伊助くんはかなりテキトーだし頼りになる感じじゃないけど、あれで実は保護者代理を務めようと結構頑張ってくれてるんだよ。保護者参加のイベントには絶対来てくれるし、卒業式どころか、なぜか三者面談とか、体育祭でまで泣いてたし」
「体育祭でまで?」
「泣くような要素ないだろ」

うん、気付いたら泣いてたから私もなんで泣いてたのかはよくわからない。
でも、それだけ一生懸命応援して、思ってくれていることが、嬉しかった。

「小さい頃から一緒ってわけでもないし、伊助くんに育てられたって感じではないから、親とは違うけど。でも、大事な家族って感じかなあ。……あ、でもこれ絶対伊助くんに言わないでね。泣いて鬱陶しいことになるから」
「あははっ、わかった!」

大分恥ずかしい話をしてしまったと、頬が熱くなる。でも、来たばかりの二人にも伊助くんのこと、ちゃんと知っていてほしいなって思ったから。心優しい親戚をもったと、伊助くんは感謝してくれていいんだよ。
羞恥で二人の方を見れなかった私は、九門くんの明るい声を聞きながら、莇くんがこの時どんな顔をしていたのかは、見ることが出来なかった。



「俺はこっちだから」
「うん!また寮で!」
「いってらっしゃい、莇くん」

自分達も学校に向かうくせに、いってらっしゃいって変かなあ。ちょっとの自信のなさと疑問を抱えつつ、九門くんと二人で莇くんに手を振る。
うっ、やっぱり後ろ姿もかっこいい……。
莇くんと離れて緊張が解けたのか、ここまで我慢してきた分のダメージが一気に心臓に押し寄せて、ぐぅ、と胸を押さえる。
莇くん、歩いててもかっこよかった。何度か目があって死にそうになった。多分五十年くらい寿命縮んだ。やばい。でも九門くん本当ありがとう。
心の中でひぃひぃ言っていた私は、九門くんに急かされるまでその場を動けなかった。

その後は、結構すぐ友達と会ったりして、九門くんに莇くんのことを聞く時間はなかった。
明日こそは九門くんに莇くんと初めて会った時の話を聞こう、と決意を新たにした私は、この時露も思わなかったのだ。

これをきっかけに、毎日三人で一緒に登校することになるなんて。

***

「兄ちゃんが……」と今日も今日とて十座くん愛を爆発させる九門くんの話の合間に、私が他のメンバーの話を付け加える。

「で、十座くんがいるその秋組のリーダーが万里くん」
「万里は兄ちゃんの敵!」
「うん、まぁそうだけど」

すかさず九門くんが言った言葉に苦笑しながら、何でもかんでもかなりのハイレベルで出来てしまうからという意味で「どちらかというと人類の敵」と説明したら、その日のうちにどこからかそれを聞きつけた万里くんにシバかれた。十中八九、犯人は九門くんだな。悪気はないにしろ、ひどいよ九門くん。

「褒め言葉のつもりで言ったのに!」
「物には言い方ってもんがあんだよ。おら覚悟しろなまえ!」
「うわぁん!」

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