26
秋組の公演も、遂に今日で終わりを迎える。
千秋楽を前にしてドキドキと逸る気持ちのおさめ方は、春組の第一公演の時から未だに見つけられていない。しかも今回は莇くんがいる分、これまでのドキドキとは違ったドキドキもあるから、余計に。
今日はバイト先の店長夫婦も観に来てくれることになっているので、ちょっと顔を出してきた。流石は天鵞絨町の定食屋さんと言うべきか、常連さんにも観劇が趣味の人が結構いて、MANKAIカンパニーのお芝居もよく観に来てくれる。みんな、楽しんでくれるといいな。感想を聞くの、緊張もするけど楽しみだなあ。

「あ、莇くん!」

寮のすぐそこまで行ったところで、莇くんに会った。
う、今日もかっこいい。偶然会えたの、嬉しい。住んでるところが一緒なのに偶然もなにもないかもしれないけれど。

「どこか行くの?」
「ちょっとコンビニ」
「私も行っていい?」
「ああ」

やったあ!
内心小躍りしつつ、ものすごく緊張もしつつ、私はくるりと向きを変えて莇くんの隣に並ぶ。背、高いなあ。かっこいいなあ。

「千秋楽、緊張する?」
「……別に」

と言いつつ、ちょっとだけいつもよりそわそわしているように感じるのは私が勝手にそう感じてるだけかな。少なくとも私はとっても緊張してるし、そわそわしているんだけど。……さすがに今日は、泣きはしないけど。

「なに笑ってんだよ」
「んーん、なんでもない。今日、楽しみだね」
「まぁな」

莇くんが頷くや否や、キーッとブレーキをかけて私達の真横に車が停まった。驚いて足を止めたら、車から大柄な男の人達が出てきて、莇くんの腕を掴む。

「えっ、なに……!?」
「女はどうしますか?」
「通報されても面倒だから連れてくぞ」
「!」

莇くんが慌てたように私を見た途端、ぐいっと腕を引っ張られて視界が揺らぐ。

「わあ!?」
「なまえ!」

こてん、と呆気なく車に放り込まれた私に莇くんが手を伸ばそうとするけど、がっちりと腕を拘束されていて、それもままならない。しかも、その邪魔をするように男の人が車に乗り込んで、中からも莇くんを引っ張る。
いきなりのことに呆気にと取られてしまったけれど、車に押し込まれそうになる莇くんを見て、逃げなきゃ、とハッとする。咄嗟の判断で反対側のドアを開けようとしたものの、ロックがかかっているのか、開けられない。ドアノブを力任せにガタガタ動かしながらもなにか方法がないかと周囲を見渡せば、運転席に座った男がこっちを見て馬鹿にするように笑った。

「お前はこっちに来てろ!」
「ヒッ」

乱暴に服を引っ張られて首が絞まる。三列シートの一番後ろに控えていた男に無理矢理隣に移動させられていると、それを制止しようと莇くんが声を荒げた。その声に、じわりと涙が浮かぶ。

「あざみ!?」

遠くでよく知った声が聞こえて振り向くと、迫田くんがこちらに駆けよってきていた。けれど迫田くんが来る前に、莇くんは無理矢理車に乗せられてしまう。

「ケンさん――!」
「おい、車出せ!」

最後の一人が乗り込んで、ドアが閉まりきる前に走り出した車は、あっという間に迫田くんとの距離を広げてしまう。
どうしよう。なんでこんな、まるで誘拐されてるみたいな状況に……。

「そいつは関係ねーだろ!そいつだけでも降ろせよ!」
「生意気な口聞いてんじゃねぇぞ!」

せめて私だけでも助けようとしてくれる莇くんに、ボス格とみられる男の人が凄む。その勢いにびくっと身が竦んだ。

「自分の立場ってもんをわかってねぇな」

隣の男の低い呟きに、ぞわりと鳥肌が立った。
こわい。
ニヤニヤと、自分の優位を見せつけるように笑うこの人達を見て、恐怖心ばかりが湧きあがる。
莇くんはよく不良に絡まれるって、本人から聞いたことはある。車に乗っているのはみんな学生っぽいし、今回もその一つなのかもしれない。それにしてもこんな大掛かりなことをするなんて、と悪い意味で行動力がある彼らに、うすら寒くなる。

誰か、この状況に気付いてはくれないだろうか。救いを求めるように辺りを見たところで、この車のことを気にしているような様子は全然見られない。けれど一瞬、サイドミラーに見覚えのあるスクーターが映った気がした。少し前を走る車の影になって、すぐに見えなくなってしまったけれど。
もしかしてあれは、迫田くんの……?
迫田くんなら必ず、左京くんやみんなにこのことを知らせてくれる。みんななら絶対、助けに来てくれる。
これは希望とか期待とかじゃなくて、確信だ。
だから……だからきっと、大丈夫。

今日は千秋楽。これまで秋組のみんなや、いづみちゃん、劇団のみんな、伊助くんに亀吉、鉄郎さん、雄三さん、アンサンブルのみんな、色んな人達で一生懸命作ってきた舞台の、最後の一回。
秋組みんなが揃って舞台に立たないといけない。
だから私も、お荷物になってるわけにはいかない。
どこに行くかも、なにをされるのかもわからない不安で、正直さっきからずっと震えが止まらない。隣に座ってる男の人にそれを気付かれてるのも、嘲笑されてるのもわかってる。わざとらしく腕をぶつけてこられるのが、嫌で、怖くて仕方がないし、本当は今にも泣いてしまいそう。
……でも、どうなったとしても、これだけはしっかりやり遂げないと。
莇くんを舞台に立たせなくちゃ。

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