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――知らない声に呼びとめられて、「落とし物」という言葉で最初に目にしたのは、お父さんとお母さんから送られて来た大事なポストカード。ついさっきまで見ていて、慌てて鞄にしまったつもりだったけど、ちゃんとしまえていなかったのかもしれない。
大切なものを拾ってくれた恩人に感謝の言葉を伝えようと、急いで目を上げる。
きゅっと結ばれた唇に、少し垂れた緑色の瞳と、意志の強そうな眉。男の子にしては長い、外ハネ気味の黒髪は艶やかで……とびっきり、かっこよかったのだ。文字通りの一目惚れ。
王子様だ、って思った。


「そうしたら、ちょっとだけ莇くんが笑ってくれたの!なんであんなかっこいい笑い方が出来るのかなってくらい、ものすごくかっこよかった!」
「はいはい」
「またかよ、って言いながら受け入れてくれる莇くんかっこ良すぎるし、優しすぎるよね!」
「はいはい」

それでね、と話し続ける私に幸くんから返ってくる言葉は終始「はいはい」だ。隣の椋くんは「すてきだね!」と喜んだり、「え!」って驚いたりとかしてくれるのに。
一通り話し終わった後、それまで話を聞きながら手を動かしていた幸くんがようやく目を上げた。

「表現の九割がかっこいいなの、語彙力なさすぎ。村人Cのところにでも行ってもうちょっとどうにかしてこい」

……思わぬ文句を言われた。莇くんのこと話しすぎとかじゃなくて、語彙力なさすぎ、とは。
語彙を増やすのなら誉さんもいいんじゃないって言ったら、「これ以上変人になったら部屋入れないから」とひどいことを言われた。まあ誉さんの変人は芸術的変人だから、本人は案外褒め言葉と受け取るかもしれないけど。

そんなわけで素直でいい子な私は102号室を目指していたら、莇くんと会った。
うっ、今日もかっこいい……!といっても、二時間くらい前にも会ったけど。だっていつ見てもかっこいいんだから仕方がない。
……本当に私、かっこいいしか思ってないなあ。

「莇くん、今日の稽古はもう終わったんだよね?」
「ああ」
「私今から102号室行くんだけど、もしよかったら莇くんも行かない?ポートレイトの気分転換にもなるかも!真澄くんが音楽好きで、色々聴かせてくれるんだよ」

つづるんに会いに、というのもあるけど、実はそちらが目当てだったりする。
春組のなかで一番年が近い真澄くんとは、結構仲が良い方……と、私は勝手に思ってる。本人がどうかはわからないけど。

「いや、いい。結構時間ねーし」
「そっかぁ。ポートレイト、もう粗方出来上がったんだよね?」
「……全部書き直しになった」
「え!?」

なんで!?ってびっくりしたら、詳しいことは教えてもらえなかったけど、ポートレイトを万里くんに見てもらった結果、白紙になったとか。いやでももう三日前だよ!?元々一週間しか準備期間もないけど!

「まあ万里さんにヒントはもらったし、大体書き直せたけど。動きとか、まだ考えるから」

そう言った莇くん自身、多分、書き直したものの方がしっくり来ているんだろう。淡々と話す彼の表情には、焦りとか暗さはない。

「何か困ったこととかあったら……って言っても私は特に役立たないかもしれないけど、なんでも言ってね!全力でがんばるから!」

ぎゅっと拳を握って伝えたら、莇くんはぽかんとした顔で私を見て――笑った。

「わ、」

心臓がばくばくしてる。だって、なに、かっこいい。

「アンタ、いつも無駄に一生懸命だよな」
「む、無駄じゃないよ」

だって莇くんのためになるならなんだって一生懸命になるのは当然だ。
しどろもどろになりながら答える私の真意が伝わるわけはないけど、莇くんは「まぁ、じゃあ……何かの時はよろしく」と特に頼んでくれる気はなさそうな返事をくれた。頼む気はなくても、やっぱりまだ正式なメンバーじゃないこともあってか、遠慮がちな莇くんがこう言ってくれたこと自体、私的には大きな進歩じゃないだろうか。

「うん!楽しみにしてるね!」
「期待することじゃねーだろ」

でも、どんな小さなことでも、頼ってくれたら嬉しいから。楽しみにしてる、の言葉に間違いはない。
後で差し入れとか持って行っていいか聞いたら「そういうのは、いい」って断られちゃってショックだったけど、でも、莇くんと話せたから、応援したい気持ちだけでも伝えられたから、私としては嬉しい。有難迷惑になっていなければいいけど。でも莇くん、笑ってくれたから。大丈夫って思いたいなあ。

***

「つーづるん」
「今いない」

102号室に行ったらつづるんはいなかったので、語彙のお勉強と称して真澄くんにオススメの曲を流してもらうことにした。

「うわ、この曲の歌詞素敵」
「この後のサビは特にいい」

最近は、というかMANKAI寮に入ってからずっと、真澄くんはラブソングを多く聴いている。真澄くん同様好きな人がいる私も、段々意味がわかるようになってきた。それもあって、真澄くんとは最近更に絆が深まった気がする。

元々、いづみちゃんのことを捜してる時に毎回真澄くんにいづみちゃんの居場所を知らないか聞いていて、その理由を尋ねられたのが、私達が仲良くなったきっかけだ。「だって、いづみちゃんのことを一番見ているのは真澄くんでしょう?」と返したのが、真澄くんは嬉しかったらしい。私としては事実に基づいたことを言っただけだったんだけど、ちゃんと見てる子、話がわかる子、と捉えてもらえたそうだ。
それ以来、時折102号室で真澄くんと音楽を聴きながらつづるんと話すことが増えていった。あの頃は寮にも春組の五人といづみちゃん、伊助くんに亀吉しかいなかったしね。

「この曲切ない……」
「アイツのことを思うと胸が苦しくなる」
「わかる」

二人で深い溜息を吐いた私達をドアの外で見たつづるんが、「今絶対あのなかに入りたくねぇ」と部屋を後にしたことは、後から聞かされるまで全然気付かなかった。真澄くんは知ってたらしい。教えてよ。

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