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俺の入団オーディションにもなる舞台の当日。舞台裏で自分の出番を待っていたら、九門と椋さんが現れて、突然舞台の妖精とか言って芝居を始めたから、つい笑っちまった。手をパタパタ動かして羽ってことにすんのとか、わざわざそんな気を回して舞台裏にまで来るのとか。何してんだ、と思うけど、それは決して嫌な気持ちではない。

「なまえちゃんも誘いたかったんだけど、後から行くから先に会場行っててって言われててさー」
「時間には間に合うように来てるはずだから、きっと今頃席で莇くんの出番を楽しみに待ってると思うよ」

……まさか、また緊張で泣いてたんじゃねーだろうな。
九門と椋さんの話を聞いて、夏組公演の初日に劇場の裏で会ったアイツの姿を思い出す。緊張のせいとか言って、小さい体を更に小さく丸めて、隠れて一人でずっと泣いていた。
今日は流石に劇場裏には行ってないだろうから、来る前に自分の部屋とかで泣いてるとか……有り得るよな。
その可能性を考えたらちょっと気持ちが落ち着かなくて、握った拳に力を入れる。
そもそも、俺は緊張とかしてないってのに。この人達も、なまえも、心配し過ぎ。

「泉田莇くん、お願いします!」

スタッフに呼ばれて、舞台へと向かう。九門と椋さんの応援を聞きながら、椋さんの言う通りアイツが今席に座ってんなら、舞台に立ってるの見たらきっと勝手に安心するだろ、と思った。そう思うことでどこかホッとするのは、前にも、ちょっと前まで泣いてたはずのアイツが、芝居を見たらすぐに、さっきまでの涙はどこへやら、目をキラキラさせて笑うのを見ているからかもしれない。
……今日はどんな顔をすんだろうな。
そう思ったら、ちょっと心臓の辺りがそわそわした、気がした。

***

「莇くん、入団おめでとう!」
「これからよろしくな」
「っす」

今日何回目かの言葉に頷く。咲也さんには一緒に芝居ができるのが楽しみだと言われて、綴さんにはさっき丞さんに誘われたサッカー部には綴さんも所属してるんだって聞いた。俺が断った文芸部にも所属してなかったか、この人。
親に連絡をって監督に言われた時は困ったけど、とりあえずどうにかなったし、……まぁ、騒がしいけど、歓迎してもらえんのも、ありがたいとは思う。

「莇くんも温かいお茶、飲む?」
「……どーも」

テーブルの喧騒を背に、座って一息ついていたら、目の前にカップを差し出された。それを受け取るだけでなんでコイツはこんなに嬉しそうに笑うのか、未だにわからないことは多いけど、その言動に大分慣れてきている自覚はある。

「ここで温かいお茶って渋くね?」
「えー、でもおいしいよ」

にこにこと笑うなまえは、今日はいつも以上に上機嫌でずっと笑ってる。湯気が出てるカップに口をつけたら、たしかにうまくて、はぁ、と息を吐き出した。

「嬉しいなあ」

今日、既に何度もコイツの口から聞いた言葉。
本番が終わってカンパニーのヤツらと会った時、コイツが泣きそうな顔してたのには一瞬びびったけど、「すごく良かったよぉ……!」と言われて、なんだ、と胸を撫で下ろした。

「莇くんのお芝居を観れたし、すごく良かったし、MANKAIカンパニーにも正式に入ってくれたし……今日はしあわせなことしかなくて、怖いくらい。明日死ぬかも」
「んなわけねーだろ」

大袈裟って言えば、「えっ、どこが?」と真顔で返された。大丈夫かコイツ。
怪訝な顔で見つめる俺には気付いてないのか、やっぱり幸せそうに笑ってるなまえは、自分のことでもないのに浮かれてるようにしか思えなくて、変な感じがする。

MANKAIカンパニーに入らないかと九門に誘われてなければ、自分がここに入るって考えにはならなかったかもしれねぇ。
入ってみてもいいかもと思ったのは、夏組公演の時にコイツが「お芝居って、すごいんだよ!」と言った、あの笑顔が脳裏を掠めたからだ。
それを本人達に伝えるつもりはねーけど。

「なぁ、今日……」
「うん?」

泣いたのか?そう聞きたい気持ちと、聞いてもいいのかって気持ち、そもそも聞いてどうするんだって気持ちが混ざって、言いかけた言葉が止まる。

「……いや。 これからよろしくな、なまえ」
「──え?」

ガタガタガタッ

隣ですげぇ音がして何かと思えば、隣に座ってたはずのなまえが椅子から滑り落ちてた。「どうした!?」って声が後ろからも聞こえてくる。

「おい、大丈夫か?」
「……っ」
「おいなまえ」
「!」

両手でカップを持って、辛うじてお茶は溢さなかったらしいなまえを見る。

「な、」

また泣くんじゃないかってくらい情けなく眉を下げたなまえは、見たことないくらい顔を真っ赤にしてて、その表情に驚いて動きが止まる。
不自然に固まった俺を見上げながら、なまえは消え入りそうな声で「……はい」と返事をした。それが俺の呼びかけへの答えだと気付いて、慌てて立てるかと聞く。その頃には、向こうから椋さんとか臣さんも来て、カップを預かったり立つのを手伝ったりして、調子が戻ったなまえも「滑り落ちちゃった」と笑っていた。

「莇、どうかしたか?」
「いや、なんでも……」

臣さんの問いかけに、視線を逸らす。
真っ赤な顔で返事をしたなまえを見てからというもの、やけにざわついてる心臓を抑えるように、俺はその上に手を置いた。
……なんだよ、今の。

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