秋の終わりに

「名前、体調悪いんだろ。休んだ方がいいんじゃね?」
「え?」

ぽかんと不思議そうな顔をした本人に、自覚なしかよ、と苦笑した。しっかりと制服を着て朝食を食ってるあたり、本人が登校する気満々なのはわかってっけど。

「言われてみれば名前さん、いつもより顔色が悪いかも……」
「ちょっと疲れてるだけだよ」
「念のため熱測っておけば?」

椋と幸に促されて熱を測った名前が、目を丸くして「ほんとにあった」と呟いた。ここまで自覚ない方がおかしいだろ。まぁコイツのことだから、平気だって思い込もうとしてそうな節もあるけど。

「万里くんすごい……」
「見りゃわかるっての」

監督ちゃんに休むよう言われて、渋々頷いた名前がゆったりした足取りで部屋に戻っていく。

「それで、万里くんはいつまでそこに座ってるつもり?」
「あー、ついでに俺も休むわ」
「ついでに、じゃありません」

最近結構学校行ってるし、今日くらい休んでもよくね、と粘っては見たものの、監督ちゃんに背中を押されて、結局咲也と真澄と一緒に寮を追い出された。俺の隣で寮を出たくないとごねる真澄を見たら流石に同じように駄々をこねようとは思わねーわ。
真澄に話しかける咲也の声を聞きながら、後ろ髪を引かれる思いで寮を一瞥する。

――きっかけは全部、あの日だ。
監督ちゃんに連れられて秋組のやつらのポートレイトを観た日。
劇団を辞めようとした俺を名前が引き止めに来て、俺が劇団に戻るのを待ってると言われた日。

はじめの頃の苗字名前の印象は、優等生のいい子ちゃんだった。いや、今もその印象はあるか。
その優等生がこの劇団にいるのは、昔みたいに賑わったMANKAI劇場が見たいなんて、役者でもないのに変な、っつーか人任せな夢を抱いているからだ。聞いた時はまず呆れた。本人に人任せって自覚があんのは意外だったけど。
人任せな夢だからこそと言うべきか、名前は舞台に立つヤツらを自分の手で支えたくて春組結成前から劇団の手伝いに来ていた。自分の夢を迷いのない目で語る様子を見れば、世間一般でよく聞くような夢とは違っても、これが間違いなくアイツ自身の夢と呼べるものだとすぐにわかった。同時に、自分との違いをまざまざと見せつけられた気がした。稽古のことで名前に注意をされてもいつも乱雑な返事をしてたのには、八つ当たりもあったと思う。
けど、やる気が全然なかった頃にそうやってちょっと言い合いをしていた所為か、そんな優等生のいい子ちゃんな名前が俺には結構生意気な口を利くっつーか、大分素直に思ったことを言ってくるのが若干憎たらしくて、結構可愛くて、そんでもってかなり優越感がある。


「真澄くん、万里くん、また後でね!」

手を振る咲也にひらりと片手を挙げて、自分の教室の前を通り過ぎた。授業とか受ける気分じゃねーし。

わかりやすい性格は扱いやすくて楽なはずなのに、素直過ぎて調子が狂う。そういうところは咲也にもある気がするな、と今しがた別れたばかりの春組リーダーのことを思い出す。ついでにこの前、会社帰りの至さんが名前と咲也を見て「癒し……」と呟いててキモかったのも思い出して、眉根を寄せた。

無人の屋上に出て、鞄を放る。
名前はベッドの中で、今になって具合悪くなって苦しんでそうだと考えたら、すげー当たってる気がした。体調不良だって、秋組公演で心身ともに無理してたツケが今になって回ってきたのを、どうせ迷惑かけるとか思って見て見ぬふりしてたんだろ。
アイツは遠慮しがちどころか、変なところで遠慮し過ぎる。だからてっきり大人しくしてるもんかと思えば、意外と行動力があるから厄介だ。
はぁ、と溜息を吐く。胸んなかがムカムカすんのは、名前のそういう無自覚なところとか、他人を優先してるっつーか自分を勘定に入れてねぇところにイラつくからだ。

その根底には、俺がアイツのことを好きだからって理由があんのはわかってる。

きっかけはやっぱ、寮を出た俺を名前が引きとめに来たあの日だろう。けど、いつからかって言ったら、はっきりとはわかんねー。これまで恋とかしたことねぇけど、結構あっさり自覚した。自覚するまでの流れがあまりにスムーズで、自分の器用さはこんなところにも現れんのかと、少し呆れもした。
まぁこんなことを今本人に言ったところで名前が素直に受け入れるとも思わねぇし、一緒に住んでんだから気長にやるつもりだ。これでも一応、初めての「本気」なわけだし。……それに、結構面倒そうな、保護者面する人達もいるしな。

一限の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に鞄を持って、立ち上がる。
はい、今日の授業終わりっと。一応ここまでいたんだからいいだろ。
さっさと校門を出た俺は、コンビニに寄ってスポーツドリンクやらゼリーやら、手当たり次第買って足早に寮に帰る。


「ただいまー」

閑散としている寮の中からは返事が聞こえない。監督ちゃんや三角も出かけたのか?
コンビニの袋を手に持ったまま、名前の部屋へと向かう。

「名前、入るぞ」

数回ノックして、中から小さく「はい」と聞こえたのを確認してからドアを開ける。名前は眠ってはいないものの、起きるのがしんどいのか、横になったままだ。
熱のせいか、心細そうに潤んだ瞳が俺の姿を認めて大きく開かれた。今声かけただろ、と思ったけど、俺の声とは思わなかったのかもしれない。それもちょっと気に食わねぇけど。
驚いた顔をしていた名前は、けれどすぐ、安心したとでもいうように、嬉しそうに、綻ぶように笑った。

「万里くんだぁ」

は? すげー可愛い。

入口で固まった俺に「万里くん?」と首を傾げる名前の、いつもより弱々しくて少し苦しそうな様子に、「あー、やべぇな」と思う。今名前に頼み事されたら、俺はなんでもやる気がする。

「ゼリーとか買って来たけど、食う?」
「ん、ありがとう」

起き上がろうとする名前を支えたら、熱を持った薄っぺらい背中に触れただけで心臓がバカみたいに跳ね上がった。
……惚れた弱みって、怖ぇー。
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