もう一度、ポートレイト

明日は秋組公演の千秋楽で一日中大忙しだ。夜には打ち上げもあるし、勉強している暇なんてないだろう。だから今日のうちに明日の分もやってしまおうと思って、気合を入れて机に向かった。本当は、早く休んでねといづみさんに言われているけれど……でも、布団に入ったところでドキドキしてまだ眠れそうにないし、せめて眠くなるまでは勉強しよう。模試も近いし。
千秋楽効果か、今日はずっと集中して取り組めて、結構捗った。んー、と伸びをして、そういえば飲み物がなくなっていたとキッチンに向かう。

「……?」

談話室では秋組が明日に向けてミーティングをしている、みたい。だけど、ドアの外からでもなんとなく中の様子がおかしいことがわかって、ドアノブに伸ばしかけていた手を引っ込めた。
……なにか、あったのかな。
千秋楽前日なのに、部屋の中から感じる緊張感に、ぞわ、と嫌な感じがした。大丈夫かな、みんな。
心配だからって部屋に入ろうなんて思わない。私が入って邪魔をするわけにはいかないし。
けど、そう思ったら異常に喉が渇いてしまった。
そういえば至さんが部屋に冷蔵庫を持っていたから、一杯だけいただけないかお願いに行ってみようかな。そう考えてそっとその場を離れようとしたところで、談話室のドアが開いた。息を呑みながら、恐る恐る見ると、左京さんがこちらを見下ろしている。

「何してるんだ」
「ひっ、あ、あの、飲み物、を……」

飲み物を取りに来ただけで、盗み見も盗み聞きもする気なんかないんですと伝えたくて左京さんを見上げたのに、肝心の左京さんは部屋の中を伺っていた。誰かの……太一くんの声がして、それに左京さんが頷く。
今、私にも聞いて欲しいって、太一くんが言ったように聞こえた。迷惑かけたからって。
でも一体何のことだろう?
わけもわからないまま、左京さんに促されて談話室に入る。飲み物は、話が聞こえていたのか、先に臣さんが用意してくれていた。

「脅迫状のことも、衣装や小道具のこともっ……これまでのこと、全部、」

全部俺がやったんだ。
太一くんが、流れる涙を拭いもせずにそう言ったのを、見た。聞いた。
けど、理解が出来なかった。

「名前ちゃんのこともすごく怖がらせちゃって、迷惑かけちゃって……名前ちゃんは何も悪くないのに、悪いのは全部俺なのに、名前ちゃんが起きたことに対して責任を感じてることも知ってて……。っ本当に、ごめんなさい……!」

頭を下げた太一くんが言っていることが、信じられない。
ぜんぜん、信じられない。

「うそだよ、だって、」

だって太一くんは秋組で、いつもみんなと一生懸命、楽しそうに稽古していて。喧嘩が多くて見た目だってやたら怖い人が多い秋組の中で、いつも笑って空気を明るく、和やかにしてくれる人で。
その太一くんがあんなことをするなんて、思えない。絶対、そんなわけがない。

ぐるぐると混乱する頭で、それだけは明確で、太一くんの言葉を否定するように首を振った。否定している。否定したい。否定しないと、いけない。

「だから、今から『ポートレイト』をやんだよ」

ぐしゃぐしゃになっていた私の思考を引き戻したのは、万里くんだった。
ポートレイト?

「それ見りゃ、わかんだろ」

簡潔なその言葉が示すものを瞬時に理解した。私は、みんなのポートレイトを観ているから。勿論、太一くんの言ってることは未だに理解が出来ないけれど。
――ポートレイト。
中間報告として秋組のみんながやるのを見せてもらった時に、十座くんがどんな思いでお芝居を始めたかを知って泣いたもの。本番の舞台でぐんと良くなった演技と内容に、やっぱり感極まりながら、みんなの想いを知ることが出来たもの。

そうだ。このポートレイトのテーマは、「人生最大の後悔」。
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