重い鍵

カチャリ。
鍵を差し込んで小道具の箱を開ける。中身に何も異常がないことを確認して、ホッと息を吐いた。……なんて、公演が終わってすぐにしまっているんだから、衣装だって小道具だって、片付けが全部終わるまでの間に何かがあるはずないのに。
鍵をかけて小道具とかの管理するようになったのは、物を管理する上で良いことだと思う。でも、やたら鍵を開閉して中身を確認するのが私はたった一日で癖になってしまったみたいで、それはあまり良いとは思えない。気も休まらないし。神経質になっているとわかってはいるものの、あんなことが二度と起きないようにと思うと、つい手が動いてしまう。不安になってしまう。

「問題なかったか?」
「っわあ!?」

突然背後から話しかけられて飛び上がったら、声をかけてきた左京さんも驚いた顔をしていた。

「す、すみません、びっくりしてつい大声を……」
「いや、こっちこそ驚かせて悪かった」

左京さんは、万里くん達の喧嘩を止める時とかでなければ、落ち着いた話し方をする。多分、私に対しては特にそれを意識しているんじゃないかって気付いたのは割と最近で、それが申し訳なくて、同時に左京さんの思いやりに私もお返しが出来たらなと思う。

「小道具もみんな、揃ってました。 今日の公演の左京さんの演技、すごかったです。元々迫力というか貫禄がある分説得力があるなって思ってたんですけど、今日はもう出た瞬間から左京さんの雰囲気がこれまでと段違いで。左京さんが出ると、お客さんも息を呑んでるのが伝わってきたんですよ」
「随分嬉しそうだな」
「はい!」

お客さんが目を奪われて、呑まれてしまうような、そんな公演がこの劇場で行われているなんて、やっぱり私には夢みたいで。公演が終わった後のお客さんの呆然とした、けれど満ち足りた顔に、内心ガッツポーズをしたものだ。

「まぁ、俺はあいつらより無駄に年くってるからな。これまではそれを言い訳に一歩引いてもいたが、これからはそんな甘いことしねぇ。あいつらに負けねぇよう、まだまだ精度を上げてくつもりだ」

そう言った左京さんの目はまっすぐで……それは今日まで、見ることがなかった瞳だ。
昨日、小道具がなくなって、左京さんは舞台に出るタイミングを間違えるというミスをした。あの公演の後、私達がお茶を飲んでいた時に、いづみさんが左京さんとどんな話をしたかは聞いていない。けど、左京さんがこんな顔で舞台に臨めるようになったのはいづみさんのお陰なんだろうと勝手に思っている。やっぱり、いづみさんはすごい人だなぁ。

「ふふふっ」
「何笑ってんだ」
「秋組みんな、まだまだって言うなあって思って。十座くんも万里くんも、前に話した時にまだまだだって言ってたんですよ。それに、臣さんだって」

私の言葉に、左京さんはとってもわかりづらく、小さく笑った。

先日それを聞いた時、温厚な臣さんがそんな風に言うのは意外で、でも嬉しかった。舞台に上がることを楽しんでいるんだって、本気で挑んでいるんだって、感じられた気がして。
それに太一くんも――……
太一くん、最近あまり話せていない気がする。話していないわけじゃないんだけど。昨日だって、話したし。太一くんに公演良かったと話しかけたら、「いや……みんなと比べたら、俺っちなんてまだまだッスよ!」と言った太一くんの態度は、他のみんなが「まだまだだ」と言う時とはなんだか違っていた。どこが、っていうのは難しいけれど。

考え込んでしまっていた私は、左京さんがちらりとドアの方に目を向けたことになんて、気付きもしなかった。

「どうあれ、明日は千秋楽だ」

物思いにふけっていた私は、左京さんの言葉でハッと我に返る。
「そうですね!楽しみです!」と笑顔で返して――……返したものの、どうにもやるせない気持ちで、手に握った鍵に目を落とした。

「苗字?」
「あ、すみません。 小道具入れに鍵をかけるのは賛成なんですけど……明日の千秋楽が終わってからも、これから先の公演では、ずっとこんな風に衣装や小物の心配を続けていくのかなって思ったら、ほんのちょっとだけ悲しくなっちゃいました」
「……」
「変なこと言っちゃってすみません!」
「いや、いい」

「恐らく、明日で……」と呟いた左京さんが何を言いたかったのかはわからないけれど、どうしてか、胸が妙にざわついた。
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