用意の合間に

みんなの飲み物を用意しにキッチンに向かったら、何故か万里くんが着いてきた。手伝ってくれる、のかな?でも、なんかすごく……すごく、不満顔なんだけど。その割に、上の棚からものを取ろうとした時は代わりに取ってくれた。仏頂面をしてるのに、親切だ。
ちらちらと万里くんの様子を伺っていたら、むすっとしたまま万里くんが口を開く。

「名前って兵頭のことばっか褒めるよな」
「そう?そんなことないと思うけど」

さっき十座くんを褒めたことを言ってるのかな。でも普段から、稽古を見せてもらった時にはそれぞれに声をかけるし、そんなに偏りがあるとも思わない。十座くんばっかりってことはないと思う。
万里くんが十座くんのことを敵視してるからそう感じるだけな気がするけど……。でもそう言ったら怒るかなぁ。今も不機嫌そうな顔してるしなぁ。

「万里くんの気のせいだよ」
「ふーん?」
「全然納得してくれてる気がしない……」
「まーな。どうせ、俺はちょっといい人でしかないし」

うわあ、根に持ってる……!
思わず口元が引きつる。十座くんをいい人で、万里くんをちょっといい人って言ったの、覚えてたんだ。
万里くん、根に持つタイプだ!そういえば至さんもNEOのこと、粘着うざいって言ってた!
けれど冷蔵庫のなかのものを取り出してる間、万里くんはドアを開けててくれる。……やっぱり、不機嫌なんだか、親切なんだか、よくわからない。ううん、不機嫌だけど親切なのか。

「あの時言いかけたことだけど、私、万里くんはもっと別に思ってることがあって」
「あ?」

ガラの悪い返事だなあと苦笑しながら、全員分の飲み物を用意し終えたお盆を持とうとしたら、万里くんが先に持ってくれた。「ありがとう」と言えば、「あぁ」とぼんやりとした返事が返ってくる。不機嫌で、親切で、でもちょっと素直じゃないや。そう思ったら、くすりと笑ってしまった。

「十座くんはいい人って感じだけど、万里くんはかっこいい人って思ってるの」
「……はぁ!?」

びくっ

万里くんがすごい勢いでこっちを振り向いたから、驚いて身体が硬直した。
そのまま、まるで時間が止まってしまったみたいに、お互いに目を見開いたまま見つめ合う。

「どうしたんだ、大きな声出して?」
「なんでもねぇ」

臣くんが心配する声にハッとして、万里くんが声を張った。あ、いつもの万里くんだ。
……と思ったら、万里くんはお盆を手にしたまま、「はぁー……」と大きな溜息を零した。私、溜息を吐かれちゃうようなこと言った?

「急に驚かせんな」
「えっと、ごめんなさい?」

私の返事に納得していないのか、眉を顰めている万里くんに、理由を求められてるのかな?と思って続きを口にする。

「だって万里くん、どんなことも上手に出来ちゃうっていうのもだけど、それより――というか、そうだからこそ、本気でなにかに取り組んでる時が楽しそうに見えるから。楽しそうに、でも真剣に演劇をしたり、秋組とか劇団のこと考えてくれたりしているのを見てると、万里くんはかっこいいっていう表現が一番しっくりくるなぁって」

衣装を作り直す時にミシンをすぐに使いこなせるようになったり、今みたいによく助けてくれたり、そういう面も含めて、私が万里くんに抱いている印象は「かっこいい」だなって思った。

「……」

と、説明をしてみたものの、万里くんからは何も反応がない。かと思えばまた溜息を吐かれたから、やっぱり何かが気に入らなかった!?と心配になる。

「ええと、なにかダメだった?」
「ダメじゃねぇけど、ダメだろこれ……」
「どういう意味?」

もしかして、万里くん、照れてるとか……?
うーん、でもかっこいいって言われるのなんて日常茶飯事って感じで慣れてそうだし、それはないかぁ。

流石というか、万里くんは私が首を捻っている間にいつもの調子を取り戻したみたいで、気付けば背けていた顔をまっすぐこちらに向けていた。

「名前」
「うん?」
「ありがとな」

そう言って、万里くんが笑う。それが、よく見るどこか余裕のある大人っぽい笑顔とも、最近見るようになった年相応の笑顔とも違う、優しいというか温かいというか、でも多分今まで見た中で一番かっこいい、心臓がぎゅうっと締め付けられるような笑顔で、私はちょっとの間、呆けてそこから動けなくなってしまった。

届けられた飲み物に、「遅ぇ」と十座くんが万里くんに文句をつけていつも通り喧嘩が始まったけれど、今回の原因は私にあるだろうから申し訳なくなった。そう言ったところで、「苗字は悪くねぇ」と聞き入れてはもらえなかったけれど。
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