消えた小道具

トラブルはあったし、脅迫状のことも解決しないままだけど、秋組の公演は順調に進んでいる。今日の公演も、みんなの調子もいいし、大丈夫そう。
よかったなぁ、と思いながら楽屋に入った途端、支配人に名前を呼ばれた。どうして、そんなに慌てて――

「ピストル、見てませんか!?」
「え?」

小道具のピストルが、なくなった。それも、公演中に。
小道具の箱のなかはもちろん、楽屋をどれだけ探しても見つからないし、今から新しいものを手配している時間もない。

「うそ、なんで……」

なんで、こんな時に。誰が、どうやって。
ううん。それより、どうしてこういうことも起こるかもって、考えられなかったんだろう。脅迫状のことがあるんだから、これくらい想像して、対策出来ていたかもしれないのに。
……私が、もっとしっかりしていたら。

「どうしよう」

なんで。どうして。どうしたらいいの。どうしていたらよかったの。
責め立てられるような焦燥を感じて、呼吸が浅くなる。
なにもしないではいられなくて、もう何度見たかわからない小道具の箱の中身を漁る。わかってるはずなのに、やっぱりピストルがないのを見て、ちょっとだけ手が震えた。それでも手を動かす私の肩に、ぽん、と後ろから誰かの手が乗った。私の手を、止めるみたいに。

「なんでお前が責任感じてんだよ」
「……万里くん」

なんで、の言葉は声にならなかった。ただ、振り向いた私の顔を見た万里くんの表情が歪んで、肩に乗った手に力が入ったことに、心のどこかが軋んだ。

「どう考えたって、ピストルがなくなったのはお前の所為じゃねーだろ」
「でも、」
「……んな顔すんなって」

ピン、とデコピンをされて、反射的に「あう」と声が出た。
けれど、それで少し、それまで狭まっていた視界が開けた。
さっきまでいなかったはずのいづみさんがいつの間にか楽屋に来ていて、「もうすぐ休憩終わります!」という支配人の声に、そうだ、みんないたんだった、なんて今更なことに気が付く。……本当に、ピストルのこと以外何にも考えられなくなってたんだ。

「とにかく舞台を空けるわけにはいかねぇ。出るぞ」
「っす」
「くそ、やるしかねぇか」

すぐそばで聞こえた万里くんの声には悔しさのようなものが滲んでいて、目を上げる。ピストルがなくて一番切羽詰まってるのは、役者のみんななのに。私がいっぱいいっぱいになった挙句、万里くんに心配されてしまった。
……ああ、この人達を支えたいのに。今、なにも出来ない私がいる。
情けなくて、悔しくて、さっきと同じように視界が狭く、暗くなっていく。そのなかで、ぎりぎり視界の端に映った万里くんの衣装の袖を指でつまんだ。歩きだそうとしていた万里くんが止まったのがわかる。

「……がんばって」

なんて、情けないんだろう。これしか言えない。なんて、無責任なんだろう。
それでも何かを伝えたいなんて、自己満足もいいところだ。
「ああ」と静かに応えた万里くんの声に、どんな感情がこもっていたかはわからない。

不安と焦りを抱えたまま舞台に向かう秋組のみんなの背中を見送る。なにか……何か、出来ないだろうか。そう考えているのは秋組のみんなも、いづみさんも、支配人も一緒だ。
この状況をどうにかしないといけない。けど、どうしたらいい?

***

焦りの所為か、左京さんが出るタイミングを間違えた。それをカバーしたのは十座くんだ。手で、ピストルの形を作って。
お客さんは最初ざわめいたものの、みんなの演技が、手で表現したピストルに説得力を持たせていく。まるでそれが、本物のピストルみたいに。
私は劇場内で代用品になるものがないかを探し回って、その間にいづみさんが客席にいる迫田さんにピストルの購入をお願いしに行った。


「チャカ五丁、無事に買ってきやした!」

十座くんの機転とみんなの演技でその日の公演はどうにか凌げた。
寮に戻った私達のところに、新しいピストルを買ってきてくれた迫田さんが現れて、みんなでホッと肩を下ろす。

「迫田さん、お疲れっす」
「ありがとうございます!」
「このくれぇ、大したことねぇっすよ!」

頭を下げると、からりと笑ってそう言ってくれる迫田さんにはひたすら感謝しかない。いづみさんがみんなを労うのをやっと穏やかな気持ちで聞ける。気が軽くなったからか、みんなの口数もいつもより多い。

「まさか手でピストルをやることになるとは思わなかったけどな。コントかよ」
「うるせぇ。思いつかなかったんだからしょうがねぇだろ」
「必死だったせいか、ピストルに見えてきたけどな」

臣さんの言葉に万里くんも「たしかにな」と頷く。

「観ている側も、そう見えたよ」

お客さんの反応を思い出して微笑むと、十座くんと目があった。

「十座くん、本当に演技が上手になったよね!じゃないと、銃が本物になんて見えないもん!……って、私が言うと偉そうで生意気かもしれないけど」
「いや……ありがとな」

お礼を言ってくれたものの、その後にすぐ「でも、まだまだだ」ってつくのが十座くんらしい。

――結局、私はなにも出来なかった。それが悔しいし、苦しい。
でも、それで舞台がめちゃくちゃになったわけでも、終わってしまったわけでもないから。だから、これからまだまだ、もっと頑張ろう。
十座くんを見習って気合を入れ直してから、みんなの方を見る。いづみさんは、左京さんを呼びに劇場に行った。
左京さんは責任感が強い人だから、今日のミス、気にしていないといいけれど。でも、いづみさんが行ったから大丈夫だろう。

「飲み物のおかわり、いりますか?」

ここにいる私はまず、今日の舞台を全力でやりきったみんなと、ピストルを大急ぎで買いに行ってくれた迫田さんに、少しでも休んでもらわないと。
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