君というかたちを
談話室を出ようとしたら、万里くんが入ってきた。
万里くんとはこの間言い合いをして以来、冷戦状態が続いている。……と思ってるのは私だけかもしれないけど。でも、あんまり話してないのは事実だ。
「……」
「……」
鉢合わせてしまって、お互い相手を見ながらも、何も言わない。
右に避けようとしたら、同じタイミングで万里くんもそちらに移動した。慌てて左に行ったら、万里くんも左へ。
…………。
「……」
「……。んだよ、なんか文句あんのか?」
「別にないですけど?」
じとっと万里くんが私を見下ろすのを同じように見上げる。
負けない。
さっきから脳内に浮かぶのは、その四文字ばかり。
「天チャン、名前ちゃんってあんな感じだったッスか?」
「いや……」
戸惑いを露わにしている太一くんと天馬くんの声が背後から聞こえてきた。けれど、今はそれを気にしている場合じゃない。私の相手は、目の前の万里くんなのだから。
「喧嘩なら買うよ!」
「買うのかよ。瞬殺だろ」
「や、やってみないとわかんないし!」
「いや瞬殺だろ」と後ろから冷静なツッコミが聞こえてきた。今のは天馬くんだな。
「名前、目がさんかくー!」
「わっ、三角さん、今はちょっとやめておいた方がいいです!」
三角さんと、それを止めようとする咲也くんの声が左側から聞こえてくる。
目、三角になんてなってないもん。
そう思いながらも、万里くんから目を離さない。離したら負けな気がする。
「おい、何してる。通行の邪魔だ」
「!」
「ああ?」
均衡を破ったのは左京さんで、咄嗟に万里くんが悪態を吐く。
ふっと我に返ったような気持ちで周りを見ると、さっき声が聞こえたメンバーがじっとこちらを見つめていた。
……い、居た堪れない……。
万里くんを見たら目があってしまって、気まずさを感じて目を逸らした。
「あの、私、勉強しに部屋、戻ります!」
誰にともなく宣言して、万里くんと左京さんの横を逃げるようにすり抜けながら、談話室を出た。
勉強をしに戻るのは本当なんだけど……もやもやする。
……本当は、明日がんばってねくらい、言いたかったな。
言えばよかった。
ポートレイトの発表は明日で、結局私は万里くんがどうするのかを聞けていない。ううん、別にそんなのを聞かずとも、黙って本番を見ればいいだけなのかもしれないけれど。
でも、やっぱり気になる。
本番直前に余計なことを言って状況を悪くしたくないって思ったのは自分のくせに。こんな風に思うなら、一言くらいちゃんと言えばよかった。
明日、ちゃんと言えるかな。
ほんとうに応援しているんだって、その気持ちだけでも伝わったらいいな。
***
結局、万里くんとまともに顔を合わせないまま夜は明け、ポートレイトの発表当日。
朝からまともに顔を合わせていないけど、秋組のみんなはきっと今頃練習しているんだろう。
「あれ、みんな玄関に集まってどうしたんですか?」
てっきり稽古場にいるものとばかり思っていたのに、なぜか玄関に集まっている秋組のみんなに声をかけると、太一くんがこちらを振り向いた。眉を下げて、今まで見たことがないくらい、困った、悲しそうな顔をしている。
そういえば、万里くんの姿だけ見えないけれど――
「名前ちゃん、万チャンが!」
「やめるって、劇団を出ていった」
「え?」
太一くんの言葉を引き継いだのは、十座くんだ。
やめるって、……MANKAIカンパニーを?万里くんが?
「……っ」
急いで靴を履こうとしたら、うまく履けなくてかかとを踏んづけた。半分しか履けていないけれどそれで構わないと玄関を出ようとしたら、「ほっとけ」と背後から左京さんの声が響いた。
「やる気がねぇヤツを引きとめたって意味がねぇ」
「そんなことないです!」
厳しすぎることはあるけれど、いつも正しいことを言うし、やっぱりまだちょっと怖い左京さんに私が反論をしたのはこれが初めてで、でも、自分でもあんまり何を言っているかはわかっていなかった。
ただ、私はそれだけ言って、靴もまともに履けていないまま、玄関を飛びだした。