ポートレイトの数日前

新生秋組の練習風景は、良くも悪くも変わっていない。
……ううん、変わっていないのは多分悪いことなんだろうって、本当はわかってる。
秋組メンバーそれぞれのポートレイトの発表の日は間近に迫っている。

前に一度公演を中止しろって脅迫状がきたのは今も時々思い出して気になってしまうけど、あれ以降特に何もないから、みんなの言う通りたちの悪いイタズラだったんだろう。

それより気になるのは、万里くんの様子だ。

「万里くん、ポートレイトの発表もうすぐだけど、練習ってしてるの?」
「ああ?」
「ひ、」

何気なく話しかけたつもりが、十座くんと喧嘩する時みたいな怖い表情を向けられて、咄嗟に小さく悲鳴みたいな声が出た。肩が竦んで、あからさまに怖がった私に眉を顰めて、万里くんは「んなもん名前には関係ねーだろ」と言う。

「そうかもしれないけど、気になったから」
「余計なお世話だっての」
「でも、」
「うっせぇな」

万里くんのポートレイトは、いづみさんと雄三おじちゃんに作り話だろうって言われていた。それは作り直したのだろうか?
それとも、あの話のままやるつもり?
聞きたいけれど、万里くんのピリピリした雰囲気がそれを許さない。

「……みんなのポートレイト、絶対、もっと良くなってるよ」
「俺のはなってねぇって言いてぇの? はっ、人のことバカにし過ぎだろ」
「そうじゃなくて!」

苛立ちを隠さない万里くんに舌打ちをされる。
言いたいことが全然伝わらない。全然、聞こうとしてくれない。

「つーかお前は兵頭のだけ観てりゃいいだろ。アイツの大根芝居で泣けるおめでてぇ頭してんだから」
「なっ……あれはっ、」

万里くんは十座くんのポートレイトを観ていないからそう言えるんだ。本当に、本当に良かったんだから!
それに、本番では絶対、あれから更に良いものになっている。
……どうしたら、伝わるんだろう。どうしたらいいの?
口を開けたところで、相応しい言葉が浮かばなくて、声が出ない。

「こーら万里、名前ちゃんいじめないの」
「至さん!」

ぽん、と頭に手が乗った。ついでに至さんの頭も。
いつもの調子で喋る至さんに、「いじめてねえし」と万里くんがそっぽを向く。

「折角あそこまで育てたのに、怒ってアプリアンインストールされちゃったらどうしてくれんの」
「い、至さん……」

うん、安定の至さんだ。
いつも通りの至さんの発言に、張っていた緊張の糸がほぐれて、肩から力が抜ける。

「知るかよ」

吐き捨てるように言って、万里くんは踵を返した。
……いっちゃった。
最後はこっち、見てもくれなかったな。

「……出てこない方がよかった?」
「いいえ、ありがとうございます」

至さんの心遣いがありがたいのは本当で、しっかりと目を見てお礼を言う。あれ以上話したところで、私はきっと万里くんにとって余計なことしか言えなかっただろうから。
もう万里くんの姿は見えないけれど、先ほどまで彼がいたところをじっと見つめる。
……そりゃあ、余計なお世話かもしれないけど。お節介かもしれないけど。でも、心配してるだけなのに。
なのに、あんなに怒らなくたっていいじゃない。

「……い」
「え?何?」

さっきは思考も硬直しちゃってたからか、落ち着いて万里くんとの会話を思い返してみると、今になってふつふつと怒りがわいてきた。
なんだろう、なんか、だって、むかつく。

「もう!万里くん全然人の話聞かないんだから!知らない!」
「おお、名前ちゃんが怒った。貴重」
「貴重じゃないです!」

ふんっと鼻を鳴らせば、至さんにどうどうと宥められる。闘牛じゃないんだからと憤れば、「激おこな名前ちゃんとかSRどころかSSR……万里、ある意味すごいな」と謎に感心するから、いい加減呆れて、力が抜けた。


……大事にしないし、あの場に来て宥めてくれたのが至さんでよかった。

そう思ったのは後になってからで、お礼に何か差し入れしようと台所に行ったら、臣さんがスコーンを焼いていた。

「そういうことなら、これ、持って行ってくれ」
「いいんですか?」
「もちろん。食べてもらうために焼いてるんだからな」

にこりと穏やかな笑顔を浮かべてくれる臣さんは、ポートレイトの練習をするみんなのためにスコーンを焼いているそうだ。臣さん自身、その練習をしている一人なのに。

「俺は料理が気分転換になってるから」
「あの、そしたら……いつか私が練習してちゃんとスコーン焼けるようになったら、今度は私が臣さんに差し入れしてもいいですか?」

臣さんの気分転換だと言うのなら、その機会を奪ってしまうのは悪い気がして、聞いてみる。
この前私も書類の整理をしている時に臣さんが差し入れでマドレーヌをくれたのが美味しかったし、なにより嬉しかったから。たまには臣さんにも、差し入れをもらう側の喜びを感じてほしい。……とはいえ、私じゃ臣さんみたいな絶品のお菓子は作れないけれど。

「もちろん。嬉しいな、楽しみにしてる」

そう言って、大きな掌が私の頭を撫でる。
なんかちょっと、お兄ちゃんって感じだ。
臣さんの笑顔が、さっき見せてくれたものよりも柔らかいものに見えた気がして、私も照れながら笑顔を返した。
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