夏の朝のゆめ

「幸くん、椋くん、一緒に学校行こう!」

昨日は用事で早く学校に行かないといけなかったから、今日こそは、と準備万端の状態で二人に声をかけたら、「はいっ」と椋くんが笑顔で返事をしてくれた。
ああ、同じ学校の後輩が劇団に入ってくれた喜びを感じる……!

「もう準備してるとか、早すぎ。オレは一人で行くから、二人で先に行って」
「え、でも――」
「うん、わかった。そうするね。 えっと、また後でね、幸くん」

でも、行き先は一緒なのに。そう言おうとしたら、先に椋くんがそんな返事をしたものだから驚いた。さっき誘った時はあんなに明るい笑顔を見せてくれたのに。どことなく元気がない横顔からは、幸くんを気遣っているような、寂しそうな印象を受けた。
二人の様子からして、喧嘩をしたわけではないと思う。それに、まだ会ったばかりだけど、温厚な椋くんが人と喧嘩をする姿というのは想像が出来ない。幸くんは既に何度も天馬くんと口喧嘩をしているのを見ているけれど。


「昨日、帰りに幸くんに会って一緒に帰ろうって誘ったんですけど、断られちゃって」
「そうなの?」

椋くんと一緒に寮を出て歩き始めると、私が気にしているのがわかっていたのか、椋くんはすぐに説明をしてくれた。

「やっぱり、ボクなんかと一緒って思われるのは迷惑ですよね……。ボクなんてちっぽけでへっぽこな、すかすかの大根だしっ」
「えっ!?そんなことはないと思うけど……!」

慌てて椋くんを宥めながら、思う。椋くんの話からすると、もしかしたら幸くんはお芝居をしていることで他人に何かを言われるのが嫌とか、面倒とか、そういうことを思っているのかもしれない。ただの想像でしかないけど。劇団に入ってくれたんだから、少なくとも演劇をすることそのものが嫌ってことはないだろうし。
私は友達に劇団のお手伝いをしてるって話して、春組公演も観に来てもらったけど、自分が出る立場ではないからなぁ。きっと幸くんとは感じ方も、考え方だって違う。

「会ったばっかりだし、今はまだ難しいのかもしれないけど、そのうち、幸くんが一緒に登下校してくれるくらい仲良くなれたらいいね」
「そうですね!」

そしてもし私の考えたようなことを気にしてるなら、そんなのが気にならないくらい、お芝居のことも劇団のことも、好きになって、誇れるようになってくれたら嬉しい。
演劇はともかく劇団に関しては、私だってその場を作る一員なんだから……というかみんなの支えになれるような細々したことをやるのが私の役目なんだから、私こそしっかり頑張らないといけないんだけど。握手魔なんて呼ばれてるから、もっとまともな印象を持ってもらいたいし。目指せ、脱・握手魔。

椋くんと私の登校時間は自然と合っていたけど、幸くんは早いって言っていたから、幸くんと一緒に学校に行けるようになったらもうちょっと出る時間を遅めにしようねと椋くんと話し合って、そんな未来を想像して、二人で笑いあった。早く、そんな風になれたらいいな。

「椋くんはどうして演劇をやろうと思ったの?」
「ボク、王子様に憧れているんです。少女マンガのヒーローみたいな……なんて、変、ですよね」
「ううん」

急に王子様って言葉が出たのにはびっくりしたけど、それを変とは思わない。そう言ったら、椋くんは安心したように微笑んだ。

「少女マンガ好きなの?」
「はい!」
「どんなのを読むの?」

椋くんの口から出たいくつかの名前の中に、私も前から好きな作品が入っていたので、「あれ、いいよね!」とついテンションが上がれば、椋くんも呼応するように「いいですよね!最新刊の、体育祭の話も最高で!」と高揚した様子を見せた。
そのまま二人で、あそこがいい、これで泣いた、なんて熱く語り合う。しかも椋くん、巻数どころかページ数まで言えるからすごい。少女マンガ、本当に大好きなんだなあ。

「椋くんが少女マンガのヒーローに憧れてるのって、とっても素敵だし、嬉しいな」
「嬉しい、ですか?」
「うん。少女マンガのヒーローって、女の子の憧れとか願いとかをぎゅっと詰め込んだような存在だと思うんだけど、それに男の子の椋くんがなりたいって思ってくれるのって、いつかすごく素敵な王子様になってくれそうな気がするし、なってほしいって思うなあ」

あんなにまっすぐに、熱心に、そして嬉しそうに語る椋くんは、きっともう既にその王子様への一歩を踏み出している気がする。そして、演劇をしようと劇場のオーディションに自ら足を踏み出した時に、もう一歩。
そうして椋くんが少しずつ歩いていくのをこれから傍で見られるんだなって思ったら、楽しみで仕方がなくなった。
いつか本当に、王子様の役とか、やれるかもしれないよね。
もちろん、まずは今回の夏組の公演を成功させないと次はないんだけど。

「楽しみにしてるし、応援するね」
「ありがとうございます、名前さん!ボク、これまでそんな風に励ましてもらったことってなかったから、すごく嬉しいです」

ふわりとやわらかく笑った椋くんに、心がぽかぽかと温かくなった。
既に外は暑くなってきているけれど、感じた温かさは心地良くて、ふっとどこか張っていた緊張が緩んだような、そんな感覚がした。
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