おにぎりで釣った
オーディションを終えて、いづみさんが皆に劇団の説明や寮の案内をしている間に、私は昼食の準備をしに向かった。
人数的にも、全員合格。つまり同じ学校の後輩二人が劇団員になって、しかもあの皇天馬までMANKAIカンパニーの一員になったということだ。
オーディションで見た生の演技、すごかったなぁ……。あんな有名な芸能人に会えるどころか、まさか、MANKAI劇場の舞台に皇天馬が立つ日がくるなんて、夢にも思わなかった。
夢見心地のままお鍋の前に立っていたら、「名前、布団してるヨ」とシトロンさんに声をかけられて、ハッと我に返った。布団じゃなくて、沸騰だ。
今日のお昼ご飯はシトロンさんが一緒におにぎりを作ってくれている。シトロンさんにおにぎりをお願いしている間、私はお味噌汁の準備をしなければいけないのだ。急いでお鍋の火を弱めて、シトロンさんにお礼を言う。
「シトロンさん、おにぎり握るの上手ですね!」
「ありがとうネ。名前のお味噌汁もおいしそうなにおいするヨ」
シトロンさんが握ったおにぎりはきれいな三角になっていて、私よりも上手な気がする。
「じゃあそれ、もう向こうに運んでもらってもいいですか?」
「了解ダヨ!」
「ふんふんふーん。今日のお昼はワタシが握ったおにぎりネー」と上機嫌に鼻歌を歌うシトロンさんの背中を見つめていたら、ふと、何かが横切ったように見えた。それに、いま、何か聞こえたような……?
不思議に思っていたら、シトロンさんが「ワタシのおにぎりどこネ!?」と叫んだ。おにぎり?
一旦火を止めてダイニングを覗きに行くと、シトロンさんと――ソファの上に、知らない人がいる。おにぎり、食べてる。
……不審者!?
「シトロンさん、その人……わっ!?」
私がシトロンさんに声をかけ終わらないうちに談話室のドアが開き、息を切らせた人達がなだれ込んできた。
「はぁ、はぁ、やっと追いついた……」
「も、もう逃げられませんよ!」
「みんな、どうしたの?」
夏組のみんなにいづみさんに……真澄くん?と思ったら、その後ろから支配人まで出てきた。そしてその全員の目が、おにぎりを食べている青年に向いている。
口火を切ったのはいづみさんだった。
「三角くん、どうして寮に住んでたの?」
「行くところがないからー」
この人は三角さんというらしい。……っていうか、寮に住んでたって、何?
それならと支配人が警察に連絡をしようと言いかけたところで、いづみさんが重ねて三角さんに問いかける。
「三角くん、お芝居に興味ってある?」
……ん?
「ええ!?」
「アンタ、正気?」
支配人や幸くん、それに天馬くんや真澄くんと、皆が口々に驚きを口にするなか、いづみさんは三角さんの勧誘を続ける。
「おにぎり食べられる?」
「うん、朝と晩」
「じゃあ、やる!」
「よし、決まり」
ええー……?
何が何だかわからないうちに、目の前で新生夏組の五人目が揃ってしまった。
真澄くんがいづみさんに、「相変わらず節操がない」なんて言い方をしていたけれど、今回ばかりは同意かも。
「あー!サンカク!」
「え?」
さっきまでいづみさんと話していたはずの三角さんが突然目の前にやってきたと思ったら、私の頭をじっと見つめてきた。さんかく?
あ、そういえば、今日つけているヘアピンには三角形の飾りがついている。
これのことかな、とピンに触れれば、三角さんはふにゃりと柔らかな笑顔を浮かべた。
「すてきなサンカクー」
「ありがとうございます。あっ、そうだ、私苗字名前です。よろしくお願いします」
「名前!よろしくねー」
にこにこ笑う三角さんのことを私は名前以外何も知らないのだけど、ふわふわとした雰囲気とか話し方とか、なんだか癒される人だなあって思う。ほんの数分前まで、不審者だと警戒していたのに。
「ねー。おにぎり、もういっこ食べていいー?」
シトロンさんに三角さんがおにぎりのおかわりをねだりに行くと、その傍らで天馬くんが幸くんと言い争いを始めた。
「うるさい!オレは201号室で寝るからな!」
「勝手に決めるな」
一成さんも椋くんとお話をしていて……なんというか、賑やかだ。
新生夏組は、春組とはまた随分違った雰囲気になりそうだなあ。今の自由な様子からだと、組として団結するイメージ自体がなかなか湧かないけれど。でもその分きっと、面白いことが出来るよね。