春の終わりに

The Show must go on.
至さんが転倒しきれず、途中、劇が止まってしまうかに思えた。それを繋いでくれた咲也くんの演技は、正にその言葉を表していた。
皆が来る前。咲也くんだけが劇団にいた時に話してくれた、昔学校で観た海賊の劇の話。
咲也くんがどれだけ感動したかを話してくれたその姿を今、彼自身が私達に見せてくれていた。

MANKAIカンパニー新生春組公演ロミオとジュリアス、千秋楽。
私は涙で前が見えなくなってしまっていたけれど、それでも皆の姿はちゃんと見えていた……なんて矛盾しているかな。でも、本当にそうなんだ。
劇団の解散を賭けて挑んだその公演は、大成功のうちに幕を下ろした。

***

「俺、これからもこの劇団にいるよ」

舞台の片付けが終わった後、至さんから伝えられた言葉に、私は声が出なかった。
どうにか身振りで喜びを伝えようとしたら、「必死すぎ」と至さんに笑われてしまう。

「名前ちゃんにはさ、一度謝りたいと思ってたんだよね」
「え?」
「俺が劇団やめるって言った時、名前ちゃんすごいショック受けてたでしょ。ちょっと気になってたんだ」

至さん、気付いてたんだ。
驚く私に、「ごめんね」と至さんが言ってくれて、慌てて首を振る。

「私が勝手にショック受けてただけで、至さんが謝るようなことはなにもないです!」

寧ろ気にさせちゃってごめんなさい!と頭を下げる私を落ち着かせるように、至さんは優しく微笑んだ。

「それに、なんていうか……気付いてくれてありがとうございました」

あの時誰より悩んでいたのは至さんのはずで、それなのに私のことを見て、今まで覚えてくれていたことが、至さんという人の優しさだと思った。以前、人と関わるのが苦手と言っていたけれど、もしかしたら、こんな風に気遣いが出来るからこそつらい気持ちを感じることもあったのかもしれない。

「……誰かがいなくなるのが怖かった?」
「え」
「嫌なら話さなくていいけど」
「いえ……」

あの時、至さんがいなくなると聞いて、暫く呆然として動けなかった。
それはどうしてかなんてちゃんと考えたことはなかったけれど、多分、理由はわかってる。

「雄三おじちゃんから、聞いてたんです。初代の人達の話。どれだけ仲が良かったか、皆で演劇をするのがどんなに楽しかったか。初代春組の公演は私も観ました。本当に素晴らしかった。……でもそれは、終わってしまった。支配人一人しかこの場所には残らなかった」
「……」
「私は初代の関係者でもなければ、ちゃんとその時のことやそこにいた人達を知ってるわけでもないです。でも、お客さんも役者さんも、あんなに沢山の笑顔で満ちていた劇場がガラガラになったのを見た時、すごく寂しくて、……多分、至さんがやめるって聞いてあの時の気持ちを思い出して、怖くなったんだと思います」

また、人がいなくなってしまったらどうしようって。昨日まで一緒に笑ってあっていた人達が、温かい場所が、突然消えてしまうんじゃないかって。
叶いかけていた夢が、足元から崩れ去るような感覚がした。

「そっか。やっぱり、ごめんね」
「っ、本当に至さんのせいじゃ……!私が勝手にそんな風に思っただけだから」
「うん。 でも、もう大丈夫だよ」
「え?」

落ち着いた喋り方に惹きこまれるように、至さんの目を見つめる。

「皆、これからもここにいるから。咲也も、真澄も綴も、シトロンも、俺も」

至さんがそう言ってくれることが嬉しくて。ただただ嬉しくて、私は素直に頷いた。

「はい」

「……ってことで、真面目な話は終わりね」
「へ?」

さっきまでの王子様然とした微笑みはどこへやら、手早くスマホを取り出した至さんは、そろそろ体力回復する頃だからと言いながらアプリを開く。
あれ?今の今までの感動的な雰囲気はどこへ?
流石至さん。朝仕事に行く時同様、切り替えが早すぎる。

ん?これって……

「ブラウォーの音?」

聞いたことのある音楽に反応したら、至さんが目を丸くした。

「名前ちゃん知ってるの?」
「ゲーム好きの友達に勧められてやってます。私全然強くないですけど」

なにせ、ガチャが壊れてるんじゃないかってくらい、引きが偏ってるんだ。
「見せて」と言う至さんに私もアプリを起動してスマホを渡す。

「……いや、これおかしくない?」
「何故か常に防御系しか来ないんですよねぇ」

攻撃力が足りなさ過ぎて、全然うまくいかない。完全な耐久パーティーだ。

「これがあって、あれも……うわ、名前ちゃんこれ持ってんの!?」

何やらぶつぶつと呟いているなぁ、と見つめていたら、突然至さんが顔を上げた。なんか目が怖い。

「名前ちゃん、これ、ちょっといじっていい?」
「は、はい、勿論」
「ちょっと工夫して頑張れば名前ちゃんのパーティー、生まれ変わるよ。それでHELL塔行く時のタンクになって」
「はぁ」

よくわからずに了承すれば、「っしゃ」と言って至さんは一心不乱に私のスマホを弄り始めた。途中、自分のスマホに触れて体力をしっかりと消費しつつ。
そこから至さんによるブラウォー熱血指導が始まったのだけど……これ、公演が終わった後でよかったなぁと心底思う。


こうして何故かゲームづくしで春は過ぎ――太陽の光が燦々と輝く夏がやってくる。
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