春の訪れ
「え!?入団希望!?」
目を丸くした女の子は、持っていた雑巾をぽとりと落とした。
それが、オレと名前ちゃんの出会い。
「私はMANKAIカンパニーが前みたいになるのが見たいんだ」
聖フローラ高校に通う、オレと同い年の名前ちゃんは、数日前から支配人と一緒にこの劇団の手伝いをしているらしい。彼女は小さい頃にMANKAIカンパニーの劇を観に来たことがあるそうだ。名前ちゃんに案内されてMANKAI劇場に足を踏み入れると、彼女はオレ達以外誰もいない劇場で腕を大きく広げて、夢を語った。
「私は役者でもなんでもないけど」と申し訳なさそうに言うけれど、きっとそんなことは関係ない。
だってオレにその話をしてくれた名前ちゃんの目はキラキラと輝いていて、思い描くものに迷いも何もなかったから。
「オレも、見たいな」
「佐久間くんが最初の一人だよ。きっと一緒に見よう」
そんな景色を。
名前ちゃんの瞳越しに見た夢は、わくわくとした期待に満ちていて、オレもきっとこの場所で咲いてみたいと思った。名前ちゃんが昔見たような、沢山の人達の笑顔が溢れる劇場で。
名前ちゃんの次はオレの番で、オレが役者を志したきっかけを話すと、名前ちゃんは頷きながら真剣な顔で聞いてくれた。
The Show must go on.
小さい頃に学校で観た、海賊の劇。その時のことを思い描きながらあの時感じた気持ちを語る。
いつの間にか話すのに夢中になっていたことにハッと気付けば、名前ちゃんはオレに明るい笑顔を見せた。ああ、わかってくれた。そう思うと、嬉しさが胸にこみ上げる。
オレの夢を聞いて、認めてくれた。
演劇経験もないし、自分が下手だってことはわかってる。
それでも、今、オレにいていいと与えられた場所がある。
そのことが嬉しくて、誇らしくて、たまらない。
「オレ、精一杯頑張ります!」
「うん、頑張ろう!」
一部の灯りだけが点けられたほの暗い劇場で、約束をする。
まだ舞台の上に立ってもいないオレには、スポットライトなんて当たっていない。でも名前ちゃんと約束をした時、確かに、オレ達はまばゆい灯りで照らされているように感じた。
「えっと、それで、支配人は……」
「ここで待っててって言ってたのに、来ないね……。ちょっと捜してくる!」
名前ちゃんは劇場を出て暫くして、「もー!」と言いながら支配人を引きずってきた。
昼寝をしちゃっていたらしい。あはは……。
「とにかく!佐久間くんも入ったことだし、今日は歓迎会を開きましょう!」
「おー!」
そう言って支配人が出してくれた料理の味は、多分ずっと忘れられないと思う。
「こ、これもいい思い出になるよね!」
「佐久間くんって、すごくいい子だねぇ」