千秋楽

夢を見ているみたいだった。
これまで何度も稽古を見てきたけれど、お客さんが入った劇場での舞台はまた全然違う。
咲也くんも、真澄くんも、綴さんも、シトロンさんも、至さんも。全員が舞台の上できらきらと輝いて見えた。全員が紡ぐ、ロミオとジュリアスの物語。
そして――割れんばかりの喝采と、人々の笑顔。

……ああ、MANKAIカンパニーだ。
遠いいつかに見た光景が、そこにあった。

***

連日の公演に、裏方の仕事もなかなか大変で、忙しい。支配人と一緒に忙しなく働いていた時、それは起きた。

「ひ、ひぃーーー!!」

ガタガタガタン!

「なに!?」

突然の悲鳴と音に驚けば、支配人が床でひっくり返っていた。

「どうしたんですか!?」
「あ、あわ、あわわわわ!」

支配人が震える指でテーブルの上を指差す。そこにあるものを見て、理解した。
こ、こここ、これは……!

「し、支配人、これ!」
「かかか、監督に知らせないと!」
「うん!」

途中、色んなものに躓き、ぶつかりながらも、そんなことはお構いなしで稽古場へと走って行く。
早く、早くこのことをいづみさんに、そして皆に伝えないといけない。

MANKAIカンパニー新生春組公演ロミオとジュリアスのチケットが、完売した。

***

劇場は満員。
その光景に、胸が熱くなった。お客さんが、楽しみだねと話している声が聞こえてきて、泣きそうになる。
今日は遂に、千秋楽。
初日から始まってあっと言う間に駆け抜けた日々が、今日で終わる。
ううん、思えば支配人に会いに来た日から――そして特に咲也くんが初めて舞台に立って、いづみさんが劇団の総監督になったあの日から、時間は瞬く間に過ぎていった気がする。
皆、今頃舞台裏でどうしてるかな。緊張してるかな。
受付が始まる前に会いに行った時は、誰より私が緊張してしまっていて申し訳なかった。


「み、み、みんな、が、がんばっ……」
「名前ちゃん!?」
「始まる前から泣いてる」

泣いてはないよ!声が震えてるだけだよ!と反論したけれど真澄くんは呆れ顔を崩さなかった。

「これがむしゃむしゃ震いネ!」
「むしゃが多い。しかも武者震いじゃないし」
「安定のシトロン」

五人の会話に、ふっと力が抜けて、笑う。

「皆いつも通りですね」
「いや、本当は結構びびってる」
「小心者」
「うるさいな」

真澄くんを睨んだ綴さんの、そのやり取りが兄弟みたいだと微笑ましくなったのはいつからだっただろう。

「ワキ肉血まみれネ!」
「ええ!?血まみれですか!?」
「血沸き肉躍ると見た」

日本語が不思議な方向に崩れるシトロンさんに、素直に驚く咲也くんと、冷静に、でもどこか楽しそうに正解を言い当てる至さん。そんな会話がテンポよく続くのが、心地良い。

「相変わらずだね」

クスクスと笑ったいづみさんに、頷く。
応援しに行ったはずが、結局なぜか私の方が励まされてしまっている。

「公演、すっごくすっごく、楽しみにしていますね!」
「うん!最高の舞台にしよう!」

いづみさんの言葉に、全員が力強く頷いた。

「はい!」
「当然」
「頑張るっす!」
「ファイティンネ!」
「ここまできたらやりきるしかないよね」


目を閉じて、皆の顔を思い出す。
聞き慣れた支配人のアナウンスが聞こえて、きゅ、と唇を結んだ。
そして劇場の幕が上がる。
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