やっぱり昨日飲み過ぎた……。
若干の二日酔いに苦しみながら、いつもより遅い時間に起床する。
あー、頭痛い。薬飲もう。
ぐずぐず、のろのろと起き上がり、ご飯を食べて、洗濯をする。その間に頭痛は随分良くなって、結構気分もすっきりしてきた。とはいえ疲れているし、今日はこのまま一日家で過ごそう。
そう思っていたのに、牛乳を切らしていることに気が付いた私は結局買い物に行くことにした。昨日帰りにコンビニにでも寄って買おうと思ってたのに、すっかり忘れてしまった。今にして思えば、飲んだ後も覚えていられるわけがなかった。
意を決して、家を出る。
ちょっと二日酔いだからって、立派なココア好きとしては、充実したココア生活に必要不可欠な牛乳を切らしたままにするわけにはいかないのだ。

***

牛乳と新玉ねぎが入った袋は、見た目以上にずっしりしている。……ちょっと多かったかな。でも今が旬だし、新玉ねぎ美味しいし。
毎日のように使う道を曲がれば、自分のアパートが見える。やっと着いた、と息を吐いたところで、アパートをぼんやりと見上げている人がいることに気が付いた。

「密くん?」
「……なまえ」

私のアパートの前に立っているのに、どうして私を見てそんなに驚いた顔をするんだろう。

「体調悪い?」
「……どうして?」

唐突な質問だと自覚しているけれど、いつも以上にぼうっとして見える密くんに、まず思ったのはそれだった。

「元気がないように見えて」

顔色もあまり良くない気がする。
近付いて密くんの顔を見上げたら、薄い色の瞳が私を見つめ返す。
きれいで、ふしぎな雰囲気を持つ密くんが、今日はすごく儚く見えて、少し不安になった。
そのせいか、私は無意識のうちに彼に手を伸ばしていた。存在を確かめるように。求めるように。
そっと触れた頬はひんやりとしていて、春になって暖かくなってきたとはいえ、随分長い間外にいたのだろうかと心配になる。
私の指が頬を滑るのをそのままに、密くんはゆっくりと目を閉じた。

「──うん。でもちょっと元気になった」
「そうなの?」

目を開けた彼の頬から手を離す。密くんは静かに、密やかな微笑みを浮かべた。
息を吸うと、ほんの少しだけ甘くて、胸がきりきりと締め付けられる空気が、肺に満ちる。それを誤魔化したくて、霧散させたくて、私はわざと明るい声を出した。

「そうそう!牛乳買ってきてよかった。今日、切らしちゃってたの」
「オレ、今日はもう帰る」
「えっ?寄っていかないの?」

てっきり、密くんはうちに昼寝をしにきたものとばかり思っていたから、びっくりした。

「うん。またね」
「……うん、」

どうやら本当に寄っていかないらしい。
戸惑いながら、小さく手を振る。なに、勝手にフラれたような気持ちになってるんだろう。

またねと言った密くんは、やっぱり元気がなく見えて──寂しそうだと、思った。

追いかける?と一瞬頭をよぎった考えは、すぐに却下した。たぶん、違うと思ったから。
密くん自身が次に来るのを待つ、いつも通りのことが、私に出来ることだと思った。これが正しいのか、逃げなのか、私にはわからない。
寂しいけれど。悲しいけれど。私は……そこまで、自分に自信がない。

***

「あーっ!うそ!?」

風に浚われる布に手を伸ばしたものの、それはひらりと私の指の間を抜けていった。

「最悪……」

洗濯物を取り込もうとしたら、突然の風に煽られてハンカチを落とした。
なくなってしまわないうちにと、駆け足でアパートの外へと向かう。幸い、ハンカチは少し先の歩道に落ちたままになっていて、急いで拾って土を払った。これはまた洗濯しないとだなぁ。

「みょうじなまえさん」
「えっ?」

突然名前を呼ばれて、びくっと肩が跳ねる。
振り向いたそこには、見知らぬ男性が立っていた。眼鏡をかけた、背の高い男の人。
──なんで、私の名前を知っているんだろう。
不審に思って眉をしかめた私に、男性は小さく微笑んだ。

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