家でテレビを観てる時とか、駅で電車を待ってる時とか、朝、ごみをまとめてる時とか。そんな、ふとした時に何度も何度も思い出す。
――「オレがなまえのこと好きだから」
やわらかな声で紡がれた言葉。微笑んだ顔。
思い出すたび、つい変な声が出たり、手元が狂ったり、急激に顔が熱くなったり……挙動不審なことばかりしてしまって、よくない。非常によくない。精神衛生上も、対外的にも。
でも、あの言葉に続くのが「なまえの傍は、よく眠れる」だもんなぁ。それで本当に寝始めちゃうんだもん。どうにか起きてもらったけど。よく考えたらあれを言った時の顔も眠そうだった気がしなくもない。
密くんの言う好きって、ぜったい、懐いてるとかそういう「好き」だよ。私が思うような……期待してしまったような「好き」じゃない。
そう自分に言い聞かせて、納得するたび、同時に落胆するのは、なんなんだろう。仮に密くんが私のことを好きだったら……もしそうだったら、私は、なんて言うつもりだった?
きっと私は――
有り得ないもしもを考えて、動揺して、蓋をする。
だって、意味がないもの。私だって密くんのことは好きだけど……きっとそれは、密くんの言った好きと似たようなものだ。そう思わないと、だめだ。飽きずに何度も考えては辿り着くその結論に、どれだけ違和感があったとしても。


「なまえ」
「わっ! 密くん」

休日、買い物に行こうとしたら突然背後から密くんに声をかけられた。びっくりした……。それにしても、会えたのが今でよかった。あと少しタイミングがずれてたら、私は完全に留守にしていたから。

「出かけるの?」
「うん、買い物に行こうと思ってたんだけど」
「オレも行く」

密くんが来たから後にするねって言おうと思ったのに、先にそう言って密くんが歩き始めてしまうから、予想しなかった展開にぽかんと開けていた口を慌てて閉じて、彼の隣に並んだ。
一緒に行ってくれるんだ、お買い物。って言っても、ただのスーパーだけど。
でも、これだって立派な密くんとのお出かけだ。これで二回目、だなあ。
どうしよう、うれしい。

「マシュマロ、あげる」
「いいの?ありがとう」

手を出そうとしたら、ふに、とやわらかいものが唇に触れた。密くんにマシュマロをおしつけられている。……これって、このまま食べろってこと?道端で、あーんって食べさせられるの?
ええ、無理、と思ったけど、この体勢でいる方がもっと無理なので、大人しく密くんに従ってマシュマロを食べさせてもらうことにした。もぐもぐとマシュマロを咀嚼していると、「おいしい?」と聞かれて頷く。
おいしい。あまい。多分、いつもより。
私が頷いたのを見て、密くんは満足そうに目を細めた。私のふわふわクッションを枕にした時みたいな、満ち足りたような目。……なんで、そんな目をするんだろう。マシュマロおいしいって言われて、そんなに嬉しかったのかな? わからない。
密くんは相変わらずふしぎで、考えてることがよくわからなくて、でも優しくていい子だってことはわかって……。それでもやっぱり、わからないことばかりの密くん。その彼が嬉しそうに微笑むのを見て、ドキドキと、おかしいくらいに心臓が煩く高鳴り続ける。
マシュマロの袋に再度手を入れた密くんは、今度は自分でマシュマロを食べ始める。一つ、二つ……六個も一気に食べるから、すぐなくなっちゃうんだよ。スーパーに行くまでに、袋のマシュマロ、全部なくなりそう。
……もしかしてマシュマロを補充するために一緒に来たなんてこと……あり得るかもしれない。

***

予想は外れて、密くんはマシュマロを買わなかった。買わなくていいのかと聞いたら、もう一袋持ってると言うのだから、「えっ、どこに?」と密くんを凝視してしまった。そうしたら普通に懐から袋が出てきて、密くんの服ってどこかしらに四次元ポケットがついてるんじゃないかって思ってしまった。やっぱりふしぎな人だ。

「荷物持ってくれてありがとう。重くない?」
「それなりに重い」
「やっぱり私持つよ……!」
「なまえだってもう持ってる」

密くんが視線で示すのは、私が持っている、今日買ったなかで一番小さな袋。

「これは全然重くないよ」
「うん」
「だからやっぱり、そっちの袋一つ私が持った方が……」
「なんで?重いからオレが持ってるのに」

ぐっと言葉が詰まった。
密くんは口数が少ないけど、その分言うことはいつもすごく素直っていうか、ストレートっていうか……この前好きって言われた時もそうだったけど。ああ、今それを思い出しちゃだめだってば!
結局、こんな風に言われちゃったら何も言い返せなくて、「ありがとうございます……」と熱くなった頬を隠すように項垂れながら言うしかなかった。

「ん。お礼はココアがいい」
「そこは任せて!」
「この前の、チョコ入ってるやつ」

チョコレートシロップはまだ家にあるし、問題ない。どっちにしろ帰ったらココアを飲むのは決定事項だったわけだし、果たしてこれでお礼になるのやら。

「それから、なまえの膝枕」
「え!」
「前、寝心地よかった」
「え!?」

それは、前私にもたれて眠ってたのが、最終的には膝枕になった時のことだろうか。
密くん、覚えてたんだ。しかも寝心地よかったなんて思ってたんだ……!?

「で、でも、ふわふわクッションがあるし……!ほら、ピンクのも、白いのも!」
「今日はなまえがいい」
「うぇ!?」

なんか、よくない!その台詞は、よくない!
思わず変な声が出た私に、密くんが「ダメ?」って首を傾げながら聞いてくる。ただでさえ混乱している頭が、それで更に混乱した。目が回りそう。
なんだ、このおねだりの仕方は。自分の顔がいいって知ってるんでしょう、かわいい顔してるって、知ってるんでしょう。
なんて、なんてズルい。

「密くん、ズルい」
「それは、いいってこと?」

ふっ、て笑いながら言うから、それをかっこいいなんて思ってしまうから、私は「勝手だぁ」と返すので精一杯になってしまった。
ああ、頬が熱い。赤くなっているのかもしれない。もしそうなら、顔が赤いのは夕日のせいだと思われていればいいな。夕日なんて、全然出てないけれど。

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