「あ」

好きなお店がインステに投稿した画像を見て、思わず声が出た。これは、ぜひとも密くんに伝えなくては。次会った時に誘ってみよう。
密くん、どんな反応するかな。一緒に行ってくれるかな。きっと行ってくれるよね。だって密くん、マシュマロ大好きだし。これ見せたら、どんな反応するかなあ。
考えただけで、おかしいような、嬉しいような気持ちになって笑みがこぼれた。約束もしてないのに、変なの。こんなにもわくわくしてドキドキして、期待に胸が膨らむなんて。
劇は観に行かせてもらったけど、密くんと一緒にどこかに出かけるのって、そういえばしたことないなぁ。
なんでかな。こんなにも楽しみな気持ちになっている自分が意外で、とりあえず手持無沙汰にふわふわクッションを力いっぱい抱きしめた。

***

密くんに、会えない。
今日からあのお店の新メニューが始まるのに、密くんに会えないまま今日になってしまった。期間限定とはいっても日にちはまだある。けど、期間中に密くん、会えるかなぁ。最終手段として劇団を訪れることは可能かもしれないけど、こんなことでそれはしたくない。だって、一緒にココアを飲もうって言いたいだけなんだから。
とりあえず、今日は私一人で行こう。元々、初日から行きたいって思ってたし。残業で予定より遅くなっちゃったからあんまり時間はないけど、急げば少しはゆっくり出来るはず。
いつもより速足でお店に向かっていたら、前を歩く人のなかに見覚えのある白い頭が見えた。あれって――

「密くん?」
「!」

名前を呟くと、大きな声で呼んだわけでもないのに、ふしぎと密くんが振り向いてくれた。まさか、聞こえたわけはないよね……?

「なまえ」
「ほんとに密くんだ……すごい」

密くんに会いたいと思っていたその日に、こんなところで会えるなんて。
密くんを前に感動していたら、密くんがふしぎそうに首を傾げた。うーん、動作がかわいい。

「……って、そうだ!」

ラストオーダーまであんまり時間がないんだった!

「密くん、今から時間ある!?」
「うん、ある」
「じゃあ、一緒に来てほしいところがあるの!」

こっち!と彼の手を握って歩きだす。時間がないから、やっぱり速足で。密くんが一緒に行ってくれるなら、余計にお店での時間がほしいから。


「……なまえ、どうして急いでるの?」

歩き始めて少ししてから密くんに声をかけられてハッとする。そういえば私、どこに行くかも何も伝えずに密くんを連れてきてしまった。疑問を口にしながらも、されるがままに私に手を引かれる密くんを慌てて振り返る。

「ごめんね、何も言わずに! 私が一番好きなココアを出すお店があるんだけど、今日から始まる期間限定メニューが、とっても大きなマシュマロが乗ったココアなの。だから、密くんと行けたらいいなって思ってて……」

それでつい連れてきちゃったけど、ちゃんと説明はするべきだったよね。ごめんねと伝えけど、既に密くんの耳には入ってないみたいで、彼はぽわぽわした表情で「おっきなマシュマロ……」と呟いた。これは行ってくれるってことでいいんだよね。行ってくれるだろうとは思ってたけど、やっぱりホッとする。

「って、そういえば手!引っ張っちゃってたね!」

厳密に言えば、握っちゃってた。でもそう口にするのは恥ずかしくて誤魔化しながら、パッと密くんの手を放す。
けれど次の瞬間、どういうわけか一瞬離れたはずだった私の手は、気づけば密くんに握られていた。というか、繋がれていた。

密くんと、手を繋いで歩いてる?

どういう状況だろう。と思っても、こういう状況、としか言いようがない。
だって、なんだか仲良しみたい。仲良くないわけじゃないけど。……その、これじゃあまるで、デートしてるみたい、だ。
つい今まで私に手を引かれて一歩後ろを歩いていた密くんは、今は隣を歩いている。惑いながら密くんを見上げたら、片方だけが見えているライム色の瞳が私を見つめ返してきたから、びくっと心臓が跳ねた。

「行こう。早くマシュマロ食べたい」
「う、うん」

密くんと手を繋いで歩くと、さっきよりずっと速く歩けるからびっくりした。
口角が上がっている密くんは見るからに上機嫌で、普段だいぶよくわからない人なのに、こういう時はすごくわかりやすい。それが面白くて、可愛くもあって、気づけば私も上機嫌で歩いていた。

***

ふっくらとした大きなマシュマロはマグカップの口と同じくらいの大きさがあって、密くんの目がきらきらと輝いた。やっぱり、一緒に来れてよかったな。それにしても、本当に大きなマシュマロだなあ。

「密くん、おいしい?」
「うん」

早速、口を大きく開けてマシュマロを頬張った密くんに聞けば、彼はこくりと頷いた。ついてきたスプーンでマシュマロをつつくと、ココアに面している底の部分が少しずつ溶けて、小さな泡が出来る。

「ありがとう」
「こちらこそ。密くんと一緒に飲めたらいいなって思ってたから、嬉しい。最初、目的も言わなかったのに、着いてきてくれてありがとう」
「なまえが来てって言ったから」

密くんの答えにきょとんとする。

「どこ行くかわからなくても?」
「うん」

それでも、一緒に来てってお願いしたら来てくれるって頷かれて、スプーンを落としそうになった。

「……?なまえ?」
「……あ、うん。ちょっとびっくりして。ココアで随分と餌付けをしてしまったなあって思ってた」

あと、昼寝場所の提供。そう言えば、密くんは小さく笑った。目を伏せた顔がきれいで、思わず目を奪われる。

「それだけじゃない」
「え?」
「オレがなまえのこと好きだから。なまえの傍は、よく眠れる」

――え?

密くんの言ったことが、聞こえなかったわけじゃない。でも、どう受け取ればいいかわからなくて、聞き返していいのかわからなくて、固まってしまう。
そんな私を他所に、密くんは言葉を続ける。

「だから、今も眠く…………ぐぅ」
「……って、待って!寝ないで!」

ココアを飲みながら目を閉じてしまった密くんがマグカップを落とさないように自分の手でも抑えながら、慌てて彼を起こそうと名前を呼ぶ。ここで寝られても私、密くんのことなんて運べないしどうしたらいいかわからないよ!

「ねむい……」
「密くん、がんばって起きてぇ!」

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