Sweet | ナノ


▼ 3

なんで宿題でわざわざ美術館まで出かけたりしないといけないんだ。
心底面倒くせーけど、クソ左京にうだうだ文句を言われるのはもっと面倒でうぜぇ。だから仕方なく俺は休日を利用してバスに乗っている。
移動しながら新作コスメの情報をチェックしていたが、やがて差し掛かった塗装中の道路はガタガタと激しい揺れを起こしたので、諦めてスマホをしまい、外を眺める。そのうちに、次のバス停へと到着した。
そのバス停には、ベンチに座って本を読んでいる女がいた。バスが停まっても、乗るつもりはないのか、手元の本から目を上げもしない。
それにしても、あいつ、どこかで見たことがある気がする。どこでだ?なんとなく気になって見つめていたら、そいつが垂れた髪を耳にかけた。
……ああ、そうだ。この間の迷子だ。


歩いていたら、突然声をかけられて驚いた。俺に話しかけてくるやつなんて、志太以外は喧嘩を売りたい不良くらいだ。
困りきった顔で、全然違う方向にある建物の場所を聞いてくるので、地図アプリを開いて道を確認する。スマホがないというそいつを連れて行こうと思ったのは、特にやることもなかったし、単に気が向いたからだ。
あとは、そうだ、弱そうなやつ、と思った。
女に対して強そう弱そうなんて考えたことねーし、極端になよなよしているとかいうことでもない。だから、なんでそう思ったのかは自分でもわからない。ただ、弱そうだから、なんとなく一人で歩かせるのが不安だったし、暇だったから道案内をした。
話しかけられたことも驚いたけど、ふっかけられた喧嘩で、ちょっと掠って出来た怪我を転んだ怪我だと思われたのにも驚いた。いかにも平和そうな顔をしたそいつには、喧嘩なんて発想がなかったのかもしれない。
あの時断りきれずにもらった絆創膏は、使わないまま鞄に入っている。
家に帰ってから傷がついていた手に貼ったのは、貰ったものとは別の絆創膏だ。あれを使ってしまうのは、勿体ない気がした。絆創膏なんてどれも同じで、消耗品なのに。けれど、怪我をした俺を心配して絆創膏をくれたやつなんて、それまで殆どいなかったから。多分、それが新鮮だった。
今ではカンパニーのやつらがやたら騒いで心配してくるし、喧嘩も撒いてるから怪我自体全然しねーけど、やっぱり見ず知らずの他人に心配されるなんて経験は、俺にはあまりない。


バスのエンジン音がかかり、開いていたドアが閉まる。
すると、そこで初めて女が顔を上げた。
「あ」と口が動いた。
本を閉じて立ち上がると同時にバスが走り出す。ぽかんとする彼女をよそに、バスは走り、彼女の姿が遠ざかっていく。あっと言う間に窓からフレームアウトした姿を追うように視線を後ろに向けながら、多分あいつはこのバスに乗りたかったんだろうな、と思う。次のバスは何分後だろうか。
この寒いなか、次のバスを待つのとか、やってらんねー。俺だったらバスを逃した時点で行くのをやめていただろう。宿題、やっぱだりぃし。

弱そうなやつ。それに、抜けてるやつ。
また一つ増えた印象はろくでもないもので、名前も知らないやつに抱くものではないと自分でも思う。

……アイツは俺のこと、覚えてなんかないだろうけど。

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