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「着いたぞ」
「わあっ、ありがとうございます!」
現れた白い色の建物に、私は歓声をあげた。
良かった、本当に良かった!
これで届いているスマホが私のではなかったら絶望するけれど、電話をした時に聞いたケースの特徴も一致しているし、多分それは大丈夫だと信じたい。
建物に入って、確認作業と手続きをする。思った以上に面倒で大変だったけれど、私のスマホはなんとか手元に戻ってきた。
よかったぁ。これで私に怖いものはなにもないぞ!
係の人にお礼を言って、帰ろうとしたところで、ロビーのソファに男の子が座っているのが見えた。まさか、私のことを待っていてくれた……?
私と目が合うと、彼は手にしていたスマホをしまって立ち上がった。本当に待っていてくれたらしい。やっぱり、怖い見た目をした天使な気がする。
「スマホ、ありました!」
誇らしげにスマホを掲げると、彼は何故かきょとんとした顔をした。
「画面、真っ黒だけど」
「え!?」
どういうこと!?
スマホの画面を確かめたら、彼の言う通り、画面は黒くなっていて、空っぽの電池の絵が表示されていた。
「あれぇ?」
もしかして、さっきの受付での確認作業で最後の命を使い果たした?
……おわった。
「アンタ、充電器持ってないの?」
「うう、忘れてきました」
「はぁ……。俺のとは形が合わなそうだし」
いえいえ、これで充電器まで借りるわけには、と思っていたら、「帰り道わかるのか?」と聞かれて表情が固まった。
「わかりません……」
私の返答に溜め息を吐いた男の子は「俺も駅の方まで行くから」と言って歩き出す。
もしかして、私が帰り道もわからないだろうと思ってここで待っていてくれたの?未来でも見えるのかな。それに、面倒見が良過ぎない?
「重ね重ねありがとうございます」
彼の背中に向けてぺこりとお辞儀をしたら、「帰り道だから」とやっぱり小さな声が返ってきた。ぶっきらぼうだけど、親切なお返事だなって思う。やっぱり優しい人だなと思うと嬉しくて、口元が緩んだ。
行きと同じように彼の一歩後ろを無言で歩いていると、少し先にコンビニが見えた。来る時にも見たやつだ。
「そうだ、お礼に何か買います!飲み物とか」
暑いし、きっと喉も渇いただろう。あ、でもさっき何か飲んでるの見たなあ。
「いいって」
「でも、わざわざ連れてきてくれて、帰り道まで案内してもらって、本当に助かったから」
「あー……礼ならもう貰ったし」
「え?」
ひらりと目の前で揺れたのは、彼の指に挟まれた一枚の絆創膏。
「でも、」
「だから、気にしなくていい」
そんな、たった一枚の絆創膏なんてお礼にならないのに。でも、あんまりしつこく言うのも迷惑かなあ。
せめてもの気持ちで、再度感謝を伝える。
「その怪我、早く治るといいですね。お大事に」
駅が見えるところまで来たら、男の子は「俺はあっちだから」と言って、さっさと歩いて行ってしまうので、慌てて声をかけた。
「あの、本当に本当にありがとうございました!このご恩は忘れません!」
「大袈裟だな」
立ち止まって、どこか呆れたように言った男の子は、そういえば最後まで無表情だったけれど、本当に迷惑じゃなかっただろうか。そんな素振りは見せなかったんだよね。
名前とか、聞いていいのかわからないから聞くことも出来なかったし、学校すらわからないけれど、親切な人だったなあ。せめて、感謝の気持ちが伝わればいい。
どうか、私が今抱く感謝の気持ちの分だけ、彼に良いことがありますように。
既に人混みに紛れて彼の背中は見えなくなってしまったけれど、心のなかでそう念じて、私は駅に向かった。
頬を撫でる、あまり心地よくはない生暖かい風は、多分ほんの少しずつ、秋を運んできているのだろう。
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