Sweet | ナノ


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暦の上では秋だというのに、数は少なくなったものの、蝉はまだ飽きもせずミンミンと鳴いている。
蝉が鳴いていると、体感温度が十度くらい上がる気がする。そう言ったら、十度は流石に大袈裟だと友達に言われた。なら、五度くらいにしておこう。なんにせよ、暑いのだ。
汗をかいているペットボトルを取り出して、水分補給をする。空は快晴。これから私は、今初めて降り立ったこの駅で、行ったこともない忘れ物センターを目指して歩かないといけない。
嗚呼、電車でスマホを落としさえしなければ、或いはそれに気付くのがあんなに遅くならなければ(というより、電車で落としたという可能性にもっと早く気付いていれば)、こんなことにはならなかったのに。私のスマホと思われるそれは、既に駅から落とし物センターに送られてしまっていたのだ。あーあ、駅引き取りが良かったよお。

警察署で聞いた説明を頼りに歩き出したものの、方向感覚にあまり自信のない私はすぐに道を見失った。
何人かに道を尋ねてみたものの、地元の人じゃなかったり、そんな場所は知らないという人ばかりで、心がくじけかける。かろうじて出会った、道を知っていそうな人に「確かあっちの方角だよ」と言われた方に歩いてきたけれど、これであっているのか、さっぱりわからない。警察署で聞いた目印の郵便局にも、そこを曲がったらあるというコンビニにも出会えていない。
どうしよう、と思ったら、少し前をだるそうに歩く制服姿の男の子が目に入った。この時間に制服で歩いているって、私みたいな人間でない限り十中八九地元の人だよね。よし、道を聞こう!

「あの、すみません。道をお尋ねしたいんですけど」
「……」
「あのー、」

その子は自分に話しかけられているとは思わなかったのか、私がもう一度声を掛けたらどこか驚いた様子でやっとこっちを見てくれた。うん、近くで見たら背が高くてちょっと怖いぞ。私は男の子耐性が全然ないのだ。

「何?」
「道を伺いたいのですが」

建物の名前を伝えたら、男の子は眉を顰める。あ、また知らないパターンか。どうしよう、早く辿り着かないと営業時間過ぎちゃう。これ以上携帯無しの生活は、私には耐えられない。

「こっち、全然方向違うけど」
「え!?」

さっきの人、こっちって言ってたのに!ショックで口を開けたまま固まる私に、男の子が「アンタ、スマホ無いのか?」と聞くので、そのスマホを取りに行きたいのだと伝える。すると彼は自分のスマホを取り出して何やら操作をし始めた。……あれ、私と話すの、飽きてしまった?そんなことはない、よね?

「こっち」
「はい?」

彼に促されるまま道を引き返す。一歩後ろを歩きながら、校則で禁じられてないのかな、と気になってしまうオレンジ色のパーカーと、肩まで伸びている彼の黒髪を見つめる。
これって、もしかして。もしかするのかな……?

「もしかして、なんですけど、連れて行ってくれるんですか?」
「まあ、暇だし」
「……!」

なんていい人だ!こんないい人がこの世の中いるものなのか!

「天使かな」
「は?」
「いいえ!なんでもないです」

つい口に出てしまった言葉を慌てて否定する。気を悪くして置いていかれたりしたら大変だ。
私の唯一の希望である男の子は、どこの制服かはわからないけれど、高校生とかかな。それなら先輩だ。何年生なんだろう。聞いてみてもいいかな。
でも、それよりなにより、気になることが一つ。
それは彼に話しかけて気が付いた、口元の傷だ。多分出来たばかりの傷。彼は怪我をしてしまっているらしい。
怪我をしているのに私の案内をしてくれるなんて、なんて優しいんだろう。着崩した制服が不良っぽいというか、怖い感じがするのに。いい人だなあ。そして、やっぱり、怪我が心配だ。手当てしなくていいのかな。でも口元の手当てってどうやるんだろう。

「道、案内してくれてありがとうございます。えっと、怪我してますけど、大丈夫ですか?」
「平気」
「転んじゃったんですか?」
「あ?」

あれ、違った?それにしてもガラが悪いお返事だ。恩人に向かって思うことではないけれど。

「転んでこんな怪我しないだろ」
「転んだ先にあったものに強打したとか……」

と、思ったのだけれど、彼の様子からしてどうやらそうではないらしい。

「絆創膏あるので、良かったら使ってください」
「これくらい別に……」
「後で必要になるかもしれないから」

こちらを振り向いた男の子は、私が手に準備している絆創膏三枚を一瞥して、そのなかの一枚だけを引き抜いた。全部あげるつもりで出したんだけどな。

「………ども」

小さくそれだけ言った男の子は再び前を見て歩き出す。謎の怪我をしている私の恩人は、優しくて、無口な人なのかもしれない。なんて、他に何も話しかけることも出来ない私も私で、人のことは言えないのだけれど。
お互いに無言のままある程度の距離を進むと、警察署で聞いたのと同じ系列のコンビニが見えて来た。果たしてあれが聞いていたコンビニかは分からないけれど。それに、郵便局もなかった。それは違う道から来たからかもしれないけれど。

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