Sweet | ナノ


▼ 9

泉田くんとは、時々図書館で会うようになった。そんな時は、自習室で一つ分席を空けて座っている。特にそうしようと話したわけじゃないんだけど、なんとなく、自然と。
そうすると、自習室が混んできた時に、私達の間に人が座ることも勿論ある。そんな時はなんだかちょっとだけ邪魔されたような気持ちになってしまう。そんなの、座った人からしたら空いている席に座っただけで、思われる筋合いなんてないだろうけど。
でも一度だけ、隣の人が移動した後に、泉田くんが席をつめてきたことがあった。
「今のおっさん、ほかにいくらでも席はあっただろ」って部屋を出ていったおじさんを見て不満げに呟いていたけど、私は泉田くんに言われるまで、確かに自習室が結構空いていることには気付かなかった。
その日は久し振りに隣で勉強をしたから、やっぱり近いなって思って、どきどきというか、そわそわした。他の人だと、何とも思わないんだけどな。


図書館を出た瞬間襲ってきた外の空気の冷たさに、身を震わせる。うう、今日も寒いなあ。
リップを取り出して唇に塗ろうとしたら、そういえばもうなくなりそうなんだったと思い出した。

「新しいリップ、買わないとなあ。次は色がついてるやつを使ってみたいんだけど」

でも、色んな種類のがあるからどれがいいかわからないし、最近話題のリップが気になるけど、それにするとしたって、どの色がいいか迷っちゃうし……。
なんて聞かされても、泉田くん、興味ないよね。つい喋っちゃったけど、ちょっと申し訳ないなと思ったら、泉田くんから思ってもない言葉が飛び出した。

「これとかどうだ?苗字なら、色は二番のやつ」
「え?」

泉田くんが見せてくれたスマホの画面に映っていたのは、正に私が気になっていたリップだ。

「これ、一番気になってたやつ!」
「保湿効果もあるし、いいと思う」
「泉田くん、詳しいんだねっ」

すごい、と尊敬の眼差しで見つめて、そこでハッと気付く。泉田くんがこういうの詳しいのって、彼女の影響とかかもしれない。彼女いるかとか考えたことなかったけど、そうだったら私、とっても邪魔な存在では!?

「泉田くん、彼女……!」
「はぁ!?」
「彼女がいるの!?」
「バッ……!いねーよ!」

すごい勢いで否定されて怒られた。なんか、すごく怒られた。でもちょっとだけ今回は怖くない気がする。泉田くんの顔が真っ赤だからかなあ。

「だって、いたら私、すごく悪いなって思ったんだもんー」
「かっ、カノジョとか……いたらそもそも別の女と二人で会ったりしねーだろ」
「だよね!」

よかった、泉田くんもそう思う人だった!
最近、クラスの女の子が、彼氏がいるのに別の男の子とばっかり帰ってるとかいう話を聞いて、もやもやしていたんだ。

「用事があって、とかなら勿論わかるけど、意味もなくそういうことしないよね」
「当り前だ」

泉田くんが肯定してくれたのが嬉しくて、うんうんと頷く。
あれ?でも、なんでこんな話になったんだろう?元は全然違う話をしていなかったっけ。
泉田くんに彼女がいるかもと思って―……そうだ、リップの話だ。

「泉田くん、さっきリップの色、どれがいいって言ってたっけ」
「え?ああ、これ」
「私、自分じゃ全然わからないんだけど、こういう色が似合うと思う?」
「このリップ、発色は抑えめだからこっちの色でもいいかもしんねーけど、苗字に合うのは断然これだな」

ふむふむ、と泉田くんの説明を聞く。はっきり断言してくれると、なんだか有り難いなあ。
ふとスマホの画面から目を上げると、いつもより近くにいる泉田くんと目があって、なんだか急に恥ずかしくなってしまった。
いや、だって今もしかしたら私の顔、じっくり見られてたかもしれないんでしょう?は、恥ずかしすぎる……!
慌てて目を逸らしたのは恐らく二人とも同時で、なんだかそわそわしてしまう。

「あの、ありがとう!帰りにそれ買うね!二番だよね、ちゃんと覚えたよ」
「……ああ」

じわじわと頬に集まった熱は、空気はこんなにも冷たいのになかなか冷めなくて、どうしようかなって頬を手で覆った。
そういえば、泉田くん、リップ詳しいのって理由があったのかな。聞きそびれちゃったな。

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