Sweet | ナノ


▼ 8

苗字名前。最近約束もしてないのによく会う、違う学校の同い年の女。俺と会うと、どこか安心したような顔で笑う、変なやつ。ただ一度道案内をしただけで、どうやら妙に懐かれたらしい。なんか、懐くって言葉似合うな、アイツ。

図書館での勉強を勧められたから試しに行ってみたけど、まさかそこで勧めた本人に会うとは思わなかった。すげータイミング。
確かに寮でするのとは全然違う雰囲気のなかで勉強出来て、環境としては悪くなかった。
ただ、成り行きで苗字の隣に座ったのは、やっぱ失敗だった。それを実感したのは、苗字に頼まれた数学を教え始めてすぐだ。
……と、年頃の男女があんな近くにいるものじゃない。ただ、途中でわざわざ席を移動して離れるのも不自然だし、別に、俺が意識してるとか、そういうことでもねーし……それに、アイツはおかしな勘違いをして「嫌われた」とか凹むかもしれないし、結局最後まで隣の席で勉強した。
勉強を教える時、ふとすぐ傍に感じた慣れない温もりとか、知らないほんのりと甘いにおいに、何度か自習室を飛び出したいと思った。アイツはそんなこと何も知らないで、真剣な顔で教科書しか見てなかったけど。

「泉田くん、お疲れ様」
「お前も。もう暗いから急いで帰るぞ」
「え!?」
「なんだよ」
「泉田くんとちょっとだけ寄りたいところがあってね……」
「は?」
「ちょっとだけだよ!あのね、景色が綺麗なところがあるの!ちょっとだけ!」

帰り道にあるから!と必死な苗字に、「帰り道にあるなら……まぁ、いいか」と渋々了承する。

「明日以降は、暗くなる前に帰れよ」
「そうしたら今の時期、下手したら一時間も図書館にいられないよ」

むう、と頬を膨らせるが、俺も意見を変える気はねーから、と無視する。

「あ、あそこだよ」

公園、というより空き地って言った方が正しい。ここに夜一人で寄り道って、どうなんだ?文句を言おうと思って苗字を見ると、「普段は昼に来るし、夜はちょっと立ち止まるくらいだよ!」と先手を打たれた。

「ここね、春はお花が沢山咲いてきれいなんだけど、冬は星がよく見えるんだ」
「この周り、高い建物とかないしな」

苗字に倣って空を見ると、確かにいつもより小さな星まで見える気がする。こんなに呑気に星空を見上げることも、そうないけど。三角さんとかはしょっちゅうやってるな。
寒いけど、見上げた空は確かに、綺麗だ。

「今日、晴れててよかった!よく見えるね」
「そうだな」

星座とか、よくわかんねーけど。記憶にある形と星の並びをなぞらえていたら、「なんでかなぁ」と苗字がぽつりと溢した。

「私はここ、ちょくちょく来るから見慣れてるんだけど、なんだか泉田くんと見ると新鮮に感じると言うか。いつもよりきらきらして見える気がする」
「……、」

咄嗟に言葉が出ない俺に、苗字は「ふしぎだよね」と笑った。えへへ、とはにかむように笑っている苗字に、一瞬頭が真っ白になる。
なんだよ、それ。
一緒に見てるから、景色がきれいに見えるとか。そんなこと、たとえ思ったとしても言わないだろ。

「つーか、そういう変なこと言うな」
「え、ご、ごめんなさい……?」
「……わかってなさそうだから、いい」

胸の奥がざわざわして、妙にむずかゆくて、今すぐ走り出したいような、変な感覚に陥る。
図書館で隣に座っていた時もそうだ。妙に居心地が悪くてそわそわして、でも、だからってそこから移動するのはなんだか違うっつーか、勿体無いような、矛盾した感覚。

「ごめんね、あんまり長くいたら風邪ひいちゃうね」
「そんなにやわじゃねーけど」

俺より、簡単に風邪ひきそうなのはそっちだろ。
そう思いながら、二人で駅へと歩き始める。今日も駅まで俺が送ることに、苗字は目を丸くして驚いてた。
いい加減ちゃんと危機感を持てと、軽く説教しておいたけど、アイツ本当にわかってんのか?そう思うと、背を向けた駅の先で電車を待っているであろう小さな背中に、若干の不安と、後ろ髪引かれるような気持ちを抱いた。

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