Sweet | ナノ


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私は中学三年生なので、一応それらしく、ちゃんと休日も勉強をしている。……とはいえ勿論、休息は大事だ。
「散歩に行こうかなあ」と言ったら、お母さんに天鵞絨駅までおつかいを頼まれた。私の思っていた散歩って、その辺りをちょっと歩く程度だったんだけど。
まあでも、気分転換には丁度いいか。タイミング悪く降り始めた雨には顔をしかめたけれど、私はお気に入りの傘をさして駅へと向かった。


「泉田くん、傘ないの?」
「苗字」

天鵞絨駅の改札をくぐったところで、駅の端に立って外を見つめている泉田くんを見かけた。わあ、私服だ。新鮮。卒業が近いとはいえ、制服でも私服でも、やっぱり中学生には見えないな。

「図書館か?」
「ううん。今日はお散歩兼おつかい。泉田くん、傘ないなら入っていく?」
「なっ!あのな、そういうのはっ……!」
「? でも、雨なかなか止みそうにないよ」

今日は雨が降る予報じゃなかったし、所謂ゲリラ豪雨ってやつだ。家を出る時に雨がぱらぱら降り始めてはいたけど、ここまで降るとは思っていなかった。

「いつも泉田くんに助けてもらってばっかりだし、迷惑じゃなければ、ちょっとでも恩返しさせてもらえたら嬉しいな。傘、狭くて申し訳ないけど」
「恩返しって……相変わらず大袈裟なヤツ」

呆れたように笑って、少し考えた後、「じゃあ、頼む」と泉田くんが言ってくれる。

「傘、私持つよ」
「苗字に持たれたら俺が歩けねぇ」
「たしかに。お願いします」

雨の勢いが弱まった時を狙って、泉田くんと駅の外へ出る。それでも傘に落ちる雨粒の音の大きさに、やっぱり結構降ってるなあ、と改めて思う。

「……リップ、やっぱその色で正解だな」
「わかった!?これね、すごく可愛いし、使いやすくて気に入ってるの!友達にも褒められたんだよ。泉田くん、本当にありがとう」

使ってるの、わかるんだ。すごいなあ。
買って良かったと心から思っているので、泉田くんにお礼を言えば、まんざらでもなさそうな顔をしていた。こんなに素直に嬉しそうにしてくれたの、初めてかもしれない。なんか、私まで嬉しいなあ。

「おつかいって、何買うんだ?」
「天鵞絨駅の近くにパン屋さんが出来たでしょう?帰りにあそこのパンを買ってきてって」
「ああ、一度行ったかも」
「あそこのクリームパン、すっごくおいしいんだよ!……あ、でも泉田くん、甘いの嫌い?」

前にコーヒーを奢った時も、甘いのは頼まなかったから、甘いの好きじゃないのかなとは思っていたんだ。

「嫌いってわけじゃねーけど、そんなに食わねぇ」
「じゃあ、何が好き?」
「ししとうの串」
「しぶい!よく咄嗟にそれが出るね」

相変わらず雨足が強いなかを泉田くんととりとめもない話をしながら歩く。すると、ある角を曲がるところで泉田くんが足を止めた。

「ここでいい」
「え?でも、まだだよね?」
「ここ曲がったらすぐだから」
「それなら寮の前まで行くよ。雨もまだ強いし」
「ここまで来りゃ大丈夫だし、」

誰かに見られても面倒だし、と呟かれた言葉に、ああ、と頷く。私は知り合いに会うことはないからと何も気にしていなかったけれど、確かに一緒の寮の人に見られたら、色々聞かれて面倒だよね。

「風邪、ひかないでね」
「だから、そんなにやわじゃねぇって」

いつかにも似たような会話をしたな、と思って笑ってしまう。泉田くんから傘を受け取ると、彼は「ありがとな」と小さく言って、雨の中に飛び出していった。
ばいばい、と声をかけた背中に、あれ?と違和感を抱く。肩というか、身体の右端……私がいなかった側だけ、異常に濡れてる。コートの色が変わっちゃってるのが、ここからでもわかるくらい。
……なのに私、全然濡れてない。
それに、私の傘に二人で入っていたにしては、そこまで距離が近過ぎるとは感じなかった。

「泉田くん、全然ちゃんと傘入ってないじゃない」

むう、と膨れてみたところで、私の不満も、申し訳なさも、彼の気遣いへの感謝も、泉田くんには通じないのだけど。

***

「莇」

玄関先でかけられた声に、一瞬動きが止まる。ふ、と降り注いでいた雨が止んで、見れば臣さんが立っていた。苗字のよりも一回りでかい、男物の傘。

「最後まで入れてもらわなくて良かったのか?」
「見られてたのかよ……」

チッと舌打ちしそうになるのを寸でのところで止めた。誰にも見られてないと思ってたのに、この人、一体どこから見てたんだ。
聞けば、苗字と別れるところを丁度見られていたらしい。最悪だ。でも、見られたのが臣さんだったのは、不幸中の幸いかもしれない。

「もしかして、彼女…「はぁ!?」
「ははは、冗談だって。学校の子か?」
「いや。流れで知り合ったっつーか。……臣さん、このこと、誰にも言うなよ」
「わかってるって。左京さんとか太一が知ったら大変そうだもんな」

臣さんの言葉に、それぞれの反応を思い浮かべてげんなりした。特にクソ左京には死んでも知られたくねぇ。

「……こんな雨だし、いい子がいてくれて良かったな」
「ッス」

そのことは否定しようもなくて、そして、どうしてか、苗字のことを褒めるような言葉がどこか嬉しいような気もして、俺は小さく頷いた。

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