私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
万里くんから遊びに行こうと連絡がきた私は、即座に「いやです」と返してしまった。
しまった、これだと遊びに行くのが嫌みたいだ。急いで、続きの連絡を入れる。会うのが嫌なんじゃない。遊びにだって行きたい。でもどうしても今日は、万里くんに会うわけにいかないのだ。
『昨日焼肉行ったからダメです』
既読が付いた画面の向こうで、「は?」と声をあげる万里くんの姿が見えるような気がした。


「ええー、なんでいるの?」
「遊ぼうって言っただろ」

友達と下校していたら、待ち伏せていたかのように万里くんと出会って、まるで漫画のように、ずるっと肩から鞄が滑り落ちた。だって私、無理って言ったのに!

「万里くん暇なの?劇団の稽古はないの?」
「夜からだし」

飄々と返された答えに、ぐぬぬ、と唸る。
すると、ぐい、と腕を横に強く引っ張られた。一緒に下校していた友達だ。

「ねぇちょっと、名前!彼氏いたの!?」
「かっ、」

彼氏?万里くんが、私の?
咄嗟に万里くんを見たら、ばっちりと目が合った。

「ま、そんなよーなもんだな」
「違うよね!?」

待って、何を言うの万里くん!?

「幼馴染だよ!」
「あ、前に言ってた?」
「へぇー、名前俺のこと話したんだ?」

「何て言ってた?」なんて友達に聞き始めるので、慌てて万里くんと友達の間に入る。

「わかった、遊ぶ!遊ぼう万里くん!」
「おい、今話してんだけど―……」
「ごめんね!今日は帰るね!」
「ばいばーい」

ぎゅうぎゅうと万里くんの背中を押しながら、友達の方を振り返る。
楽しんでね、とにやにや笑う友達に、明日学校に行くのがちょっと憂鬱になった。


「焼肉行ったからダメってなんだよ」
「次の日人に会いたくなくない?」
「学校は行ってただろ」
「そりゃあそうだよ!」

焼肉に行ったからって学校を休むのは流石にない。でも焼肉に行った次の日に万里くんと会うのは、同じくらいにナシだ。
万里くんと距離を取って、なるべくあっちを向かないようにしながら喋る。遊ぶって言っちゃったけど、この状態で遊ぶって、何が出来るかな。ちなみに万里くんは、私が取った距離を縮めはしないけれど、さっきからあからさまに憮然としている。

「そんなに焼肉の次の日に"俺"に会うの、嫌だった?」
「……そういうものだよ」

「俺」の部分がやけに強調されていた気がするけど、実際その通りなので否定出来ない。乙女心はそういうものなんです。

「ま、それはいーけど。でも、いやですって返事はねーだろ」
「うっ、ごめんなさい」

勢いで、つい。
申し訳なさに俯くと、自分の前に影が差して、頭を上げる。いつの間にか目の前に来ていた万里くんに、慌てて両手で口を覆った。臭くないとは思うけど!でも臭かったら嫌だもん!

「天誅」
「ひぃ」

万里くんの手がこちらに伸びて、反射的に目を瞑る。すると、人差し指で眉間をツンとつつかれた。

「……デコピンされるかと思った」
「俺のデコピン、すげー痛いけど。やってみっか?」
「しないでください!」

両手を口からおでこに移した私に、万里くんはハッと笑って「しねーよ」と頭を撫でた。

「……」

撫でられた頭に、指先でちょっとだけ触れる。自分の手でそこを触ってしまうのは、なんだかもったいない気がして。
万里くんに撫でられると、気持ちがふわふわする。
ううん、撫でられた時だけじゃない。
さっき眉間をつつかれた時も、今頭を撫でられた時も、その前にそんなことがあった時も。万里くんは、信じられないくらい優しい触れ方をする。頭とか、もっと粗雑にぐしゃぐしゃされそうな印象があるのに。ふわって、そんなつもりはないだろうけど壊れやすいものを触るかのようにすごく丁寧に、やわらかい触れ方をするんだ。それが意外で、でも嬉しくて、どきどき、ふわふわしてしまう。

「俺も焼肉食いたくなってきたな」
「おいしかったよ」
「今度行こーぜ」
「うん」

それなら、よく話を聞くMANKAIカンパニーの人達と、もっと近いうちに……例えばその気になれば今夜にだって行けそうなのに。そこで、私を誘ってくれるんだなあ。あ、でも今夜は稽古があるって言ってたっけ。

「二人で行っときゃ、次の日会うのも問題ねーだろ」
「そういう理屈?」
「そうそう」

なんだか違う気がするなあ。
「えー」と納得いかない声を出しながらも、口元はわかりやすく緩んでしまう。
ちゃんと元の距離に戻って歩いてくれる万里くんをちらっと見てから、先ほどよりもちょっとだけ、彼との距離をつめてみた。一歩分近付いた距離からは、万里くんの口角が少し上がったのがしっかりと見えた。

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