私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
「あぶねっ」
「わ!」

ぐい、と手を引かれて、身体のバランスが崩れる。次の瞬間、目の前をすごいスピードで自転車が走って行った。び、びっくりした……。
「ちゃんと周りを見ろよ」と通り過ぎた自転車に悪態をついている万里くんを見上げて、未だ彼に強い力で握られている手が気になりつつ、お礼を言う。するとこちらを見た万里くんが真っ直ぐに私の顔を覗き込んできたから、さっきとはまた違った意味で驚いて、はっと呼吸が止まってしまう。

「大丈夫か?」
「うん、万里くんが気付いてくれたから。ありがとう」
「今は俺がいたからいいけど、気を付けろよ」
「はぁい」

返事をした私に、少しの逡巡の後、万里くんが掴んでいた手を離した。手を離すまでの中途半端な間はなんだったんだろう。
離された手がなんだか寂しいのは、きっと気のせいだ。万里くんの手が温かかったからそう感じるだけだろう。たぶん、きっと。

気付けばさりげなく車道側を歩いていてくれたり、出かけた時に私が自覚するより前の絶妙なタイミングで休憩を挟んでくれたり。気が利くと表現される万里くんの行動を私は、優しいと感じる。だってこういうことって、優しくなければそもそも、気付けないし、しないと思うから。

「万里くんって優しいよね」
「そうか?……まぁ、相手によるな」
「そうなの?」

じゃあ私は幼馴染特権が発動しているのだろうか。その答えを求めるように万里くんをじっと見つめたら、笑って頭を撫でられた。最近、撫でられる頻度が増えた気がする。
万里くんの、堪えきれずに笑う感じの笑顔がすきだ。笑った瞬間、いつもの大人びた表情がちょっと崩れて、少年っぽさが出る笑顔。
その笑顔を見ると、今が幼いあの日の続きだとばかりに、あの頃の彼に小さな手を伸ばされているような気分を味わう。同時に、私が知らない万里くんという男の子を目の前にしているような気持ちにもなるんだから、自分でもおかしいと思う。その所為かな。万里くんといると、ドキドキ、くらくらする。
そんなことを言ったら、万里くんは笑うだろうか。うーん、でも案外心配性なところがあるみたいだから、心配されちゃうかもしれないなあ。
この間も、私がちょっとドジをして足に怪我をしたのを見て、思いっきり顔を顰めていた。その顔があまりに穏やかじゃないものだから、つい反射で謝ってしまった。

***

学校の帰り道、万里くんとの待ち合わせ場所に向かったら、万里くんが花学の女の子と話しているところを見かけた。前に彼女はいないと聞いたから、多分そういうのではないんだろう。ここからは女の子の後ろ姿しか見えないけれど、万里くんのことは結構しっかり見えるし、声も聞こえる。告白とかではなくて、普通に話しているだけみたいだけど、勝手に聞いちゃ悪いよね。
二人の声が聞こえないくらいまで離れて、さて何をして待っていようかな、と思ったら少し先に自動販売機を見つけた。そうだ、何か飲みたいなあ。万里くんの分も買っておこう。

万里くんはコーヒー?でも、缶コーヒーの微糖って結構甘いよね。それならお茶が無難かなあ。
うーん、と悩んでいたら、後ろから手が伸びてきて、自動販売機―私の顔の横に、つく。

「何悩んでんだ?名前が飲もうとしてるもの、当ててやろっか」
「万里くん」

目を上げたら、予想以上に近くにあった彼の顔に目を丸くした。

「これだろ」
「え? すごい、当たり」
「やっぱりな」

得意気に笑う万里くんに、ふと違和感を感じて、首を傾げる。

「で、何に悩んでたんだ?」
「万里くんのはどれがいいかなって」
「どれだと思う?」
「これかこれかこれかこれ」
「候補多いな!」

私の答えに笑う万里くんに、やっぱり、と思う。違和感の正体。万里くんの様子がいつもと違うとかじゃなくて、さっき別の子と話しているのを見たからこそ気付いたこと。
万里くん、ちょっとだけ話し方が違う。あと、よく笑う。……ような気がする。
そんなことを考えていたら、いつの間にか万里くんが自動販売機にお金を入れていた。

「あー!今日は私が買おうと思ってたのに」
「いーから、いーから。んじゃ、代わりに名前が選んでくれよ」
「万里くんが飲むのを?」
「そ。俺が今飲みたいのは名前が選んだやつだから」

なにそのずるい言い方。
じゃあこれ、とボタンを押したら、出て来たペットボトルを私が取っている間に、万里くんに私の飲み物も買われてしまった。また奢られてしまった……!

「ありがとう」

予定と違う流れに若干の不満はあるけれど。お礼を言ったら、万里くんに頭を撫でられた。段々慣れてきたなあ。……とか思っても、今日もまた、どきどきして照れているんだけど。

やっぱり、さっきの子と私とで、態度が違うと感じる。さっきの子への対応が悪いとかじゃない。万里くんは人見知りなんて無縁な人だろうし、普通に話していただけ。そうじゃなくて、私に甘いというか。
私、本当に幼馴染特権を発動してる?
もしかして私って、万里くんに甘やかされているのでは。

prev next
back

- ナノ -