私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
「名前って、あの名前か?聞いてねーし」

秋組公演が無事終わって間もなく、母親から受けた電話で随分懐かしい名前を聞いた。
名前は所謂幼馴染で、いつも俺の後ろを楽しそうにちょろちょろ着いて回るやつだった。小1の頃に引っ越してったが、去年またこっちに戻ってきたらしい。聞いてねぇと文句を言えば、話したのに聞いてなかったのはそっちだろうと返された。まぁ、確かに聞き流してたかもな。あの頃の俺は、何を聞いても大して興味を惹かれなかった。親の言葉なんか尚更だ。
その名前が、秋組公演を観に来ていたらしい。
それを聞いて、単純に興味が湧いた。
昔、いつだって目をキラッキラさせて俺のところに駆け寄ってきたアイツが、今回の公演を観てどう思ったのか。「これできる!?」と期待を顔中に滲ませて毎日のように俺に新しいモノを持ってきたアイツが、今どうなっているのか。
……アイツは、いつまでだって、俺がなんでも簡単にこなすことに飽きたりしなかった。まぁ、周りがそうなる前にアイツは引っ越してったから、ずっとこっちにいたらどうなってたかわかんねーけど。


普段学校で見慣れているのとは違う、他校の制服。スカートの長さは長過ぎず、短過ぎもせず。いや。ちょっと短い方か?よく目にするキャラクターのマスコットを鞄にくっつけて歩いている姿を見て、すぐに名前だとわかった。あの頃のチビとは随分違うけど、あれは間違いなく名前だ。

「ちょっと面貸せよ」
「ひい……」

一見びびっているようでいて少し違う反応に、どこかホッとしている自分がいる。
今の名前のことは何も知らねーけど、昔好きだったものならきっと飲むだろうとジュースを渡したら、嬉しそうににこにこ笑ってお礼を言われた。……へぇ、かわいーじゃん。
端的に言えば、名前は可愛かった。
俺の好みのタイプかっていうとそう当てはまるわけじゃねーし、初恋の相手ってわけでもない。初恋とか、特にねーし。
ただ、自分でも意外なことに、それが約十年ぶりに会った幼馴染への素直な感想だった。

もし名前が引っ越さずにいたら、俺はもうちょっと腐らずにいられただろうかとか、考えてみたところでわからねーし、多分結果は同じだったような気がする。
そう考えると、名前と再会したのが今で一番良かったかもしれないと思った。ちょっと前までの俺のまま会ってたらと思うと、かっこつかねーし。だせーとこなんて当然、見られたくねーし。


「万里くん」

昔とは変わった呼び方は、不思議と耳に馴染んで、結構気に入っている。カンパニーのやつらにも同じ呼び方をされるけど、名前の声で呼ばれるのはそれとはまた何かが違う。アイツに呼ばれると必ず口角が上がることに気付いたのは、つい昨日のことだ。

なんとなく一緒にいて居心地の良い存在を隣に置いておきたくて、俺は今日も名前を呼び出すべくLIMEを開いた。アイツ、なんだかんだ言いながら、呼べば毎回断らねーのな。

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