にこにことアイスを食べていたら、万里くんにねだられたので一口あげた。もっといるかと聞いたけど、一口でいいらしい。美味しいからもっと食べたらいいのに。
「昔といえば、毎日名前に無茶振りされてたな」
「無茶振り」
言われてみれば、あれは確かに無茶振りと言うほかない。
「あれ、割と嫌いじゃなかったぜ」
「そうなの!?」
「全部出来たし」
「そうだね……」
あまりなにを持っていったかは覚えてないけれど、万里くんが出来なかったものがあった記憶はない。
「万里くん、覚えてたんだね」
「まぁな。多分名前より覚えてる」
万里くんの言葉に、ぱちぱちと瞬きをした。
だって、元々私のことだって覚えているはずないと思っていたのに。
「お前、目に入ったもの何でもかんでも持って来すぎだろ。ルールわかってないのにオセロ持ってきたり」
「そうだっけ?」
「テキトーに白黒裏返して遊ぶもんだと思って持ってきたことがあったんだよ。つーかお前そんなんばっかだったろ」
「全然覚えてない」
私、それ、ちょっとおばかな子じゃないか。
……ううむ、でも、「ばんちゃんならわかるから」とか、言いそうだなあ。
「それでルール教えついでにこてんぱんにしてやった」
「万里くんひどいな」
「ま、退屈はしなかったぜ」と言った万里くんは、どこか懐かしそうな、でもそれだけでもないような顔をしているような気がした。
それが何かはよくわからなくて、どう聞いたらいいのかわからずにいたら、いつもの表情に戻った万里くんがなにかを期待するようにこちらを見た。
「今は?何かねーの?」
「いま?うーん……」
突然言われても特に思いつかないよ。そんなに都合良く、……あっ!
「パズルのアプリで解けないやつがあるの。それで先に進めなくて」
アプリを開いて万里くんに見せれば、万里くんは「楽勝」とだけ言って、すいすいーっと指をスライドさせる。
「完成」
「うそ!早!」
一応見ていたはずなのに、早すぎてなにをどうしてるのかわからなかった。万里くん、考えてた?渡してすぐに始めたよね?
「万里くん、これやったことあるの?」
「いや、初めて見た」
「なんで?すごい!意味わかんない!」とクリア済の画面を凝視する私に、万里くんが笑う。
「変わんねーな」
「なにが?」
「そういうとこ」
万里くんの意図することがよくわからなくて首を傾げるけれど、彼のなかでは既にこの話題は完結しているのか、それ以上のことは説明してくれない。
そして、アプリを閉じるか、ついでに次のステージを開いてみるか悩む私に、思わぬ爆弾を落としてきた。
「なぁ名前、うちの公演来ただろ」
「えっ!」
どうしてそれを?
知られてないと思っていたのに。伝えるつもりも特になかったのに。
万里くんを一度見かけて、でもすぐに逃げた私が劇場を訪れたのは、単純にお芝居を始めたという万里くんが見たかったから。
公演を観て、万里くんはやっぱりすごい人だったと嬉しくなって、自己満足して……それで、終わったと思っていた。幼馴染という、万里くんとの関係を含めて。
だから、これからは遠くから一方的に、こっそり応援していようと思ったのだ。
……まぁ、それから間もなくして、突然現れた本人に捕まったのだけど。
「母親コミュニティか!」
「母親コミュニティ?」
私の勝手な呼び名に、ああ、と納得して、万里くんが頷く。
公演には、お母さんと行った。
公演後、万里くんに話しかけようとするお母さんに、私は行かないから!私がいることも絶対に言わないでね!と強く言って、当日万里くんと会うことは回避出来たから、それですっかり安心していた。
お母さん、万里くんのお母さんに話してたのか。そして万里くんのお母さんはそれを万里くんに伝えたのか!
「なんで劇団のこと知ってたんだ?」
「お母さんに聞いた」
「そっちも母親コミュニティかよ」
呆れたように笑う万里くんが私に会いに来たのは、もしかしてお母さんに私が公演に行ったと聞いたからなのだろうか。
「で、どうだった?俺らの舞台」
「最高だった!」
特にあの場面のルチアーノが、とか、あそこのアクションが、と覚えている限り、感じたことを一生懸命話す。話しながら、舞台を観た時の熱が戻ってきて、つい力一杯語ってしまった。
だって、本当にすごかったのだ。万里くんも、万里くんの仲間達も。ぜんぶが熱くて、どうしようもなくかっこよくて、眩しいくらいにきらきら輝いていた。
「……あの感想、名前からか」
「え、」
言われて、ギクリとする。
確かにアンケート用紙に匿名で感想は書いた。一生懸命、沢山書いた。お母さんに呆れられるくらい。
「覚えてるの!?というか読んだの!?」
「そりゃ読むだろ」
「恥ずかしい……」
あれは、匿名だから書けたのだ。私からと認識されるとは思わなかったから、その……万里くんのこと、褒めまくった……。
「ありがとな。嬉しかった」
「ううう、それは、こちらこそどうも……」
恥ずかしさで縮こまった私は、万里くんが笑ってるのはわかっていたけど、そちらを見ることが出来なかった。
だから、その時の万里くんがほんのちょっと照れた顔をしていたとか、そんなこと、知らないのだ。
「万里くん、今日は連れてきてくれてありがとう。このお店、すっごく好き」
「こういうのが好きなら、他にもいいとこあるから今度行くか」
「うん!ぜひ!」
お会計、と思ったら、私が気付かないうちに済まされていた。もしかして、帰る前にお手洗いに行った間に?こういうのってドラマとかで見るけど、社会に出てる大人が出来るものなんじゃないの?万里くん何者?
「スーパーウルトラ高校生じゃん」
「何か言ったか?」
「ううん、なんでも」
やっぱり、万里くんはすごい人なんだなあ。
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