私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
「オシャレだ」
「いい感じだろ?」

趣味が喫茶店巡りだと聞いて、なんだそれオシャレだ、と思ったのは、万里くんから「遊びに行くぞ。二時に駅集合な」と拒否権無しの連絡を受けてまもなくのこと。
連れてこられた喫茶店は落ち着いていて、万里くん、趣味が良い……とぽかんとしてしまう。
レトロな小物が懐かしさと落ち着きを出しながらも、さっぱりしていて洗練された雰囲気のお店だ。
深い色で統一された木目調の家具や、明るすぎない照明。ゆったりとしたジャズが流れる店内は、このなかでだけ時間がゆっくりと進んでいるように錯覚する。
え、こういうのすごく好き。
コーヒーの良い匂いに、気持ちがふわふわと浮わついて、席に着いてからもそわそわしてしまう。それに、万里くんと喫茶店に二人で来てるっていうのも、改めて考えるとふしぎだ。きっと一週間前の私が聞いたら、「あるわけない」と笑い飛ばすだろう。

「すてきだぁ……」
「ん、メニュー。何にする?」

どれがいいかな。飲み物も食べ物も、どれもおいしそう。

「万里くんのオススメはどれ?」
「俺は大体これだな。名前、ブラック飲む?」

万里くんの質問に、こういうのをよく飲む、こういうのが好き、って伝えたら、「それならこの辺りとかいいんじゃね?」と提案してくれる。ここに連れてこられた時点で万里くんのオススメは全面的に信頼すると決めた私は、そのなかから気になったものを選んだ。


「おいしい……!」

届いたドリンクを一口飲んだ途端、美味しさに目を見開いた。それを隠すことなく伝えれば、万里くんが得意気に笑う。
その笑顔が、どこか懐かしい笑いかただなって思った。
たぶん、私が昔彼を誉める度返ってきた笑みが重なったのだと思う。

ばんちゃんは、なんでも出来る子だった。文字通り、「なんでも」。ああいうのを神童って言うのかな、と思うくらい。
私はそれがすごくて、おもしろくて、なんでも出来るばんちゃんを見るのがだいすきだった。だから私は目に入ったもの、知ったものをなんでもばんちゃんのところに持っていって、「これできる?」と聞いていた。勿論彼は出来るので、それを「ばんちゃん、すごい!」と誉めると、彼はいつだってヨユー、って感じで笑うのだ。得意気に。その笑顔を見るのも、すきだった。
幼いながらに、私はばんちゃんがだいすきだったのだろう。
……って、本人を前に思うとドキドキしちゃうからやめよう。

よし、と気を取り直したら、そこで初めて、万里くんが頬杖をついてじっと私を見つめていたことに気がついた。しかもなぜか口元には笑みを浮かべている。
もしかして、ずっと観察されていた!?私そんなにおかしな顔してたかな!?

「今、何考えてたんだ?」
「いっ!?な、なんでもないよ!」
「俺のこと?」
「!」

いや、その、あの、えっと……なんてしどろもどろになる私に、万里くんがにやにやと笑う。意地が悪い。

「むかしのこと、思い出してただけだよ」
「ふーん。ま、そういうことにしとくか」
「本当なのに!」

私の主張に、万里くんはわかっているのかいないのか、「はいはい、わーったよ」と適当な返事をするだけだ。

「むぅ……」
「メニュー開いてどうしたんだよ」
「怒ったのでアイスを食べます」

私の返事に、万里くんは吹き出して、愉快そうに笑った。
そんな笑顔を向けられたら、どうでもよくなってしまうじゃないか。別に最初から怒ってはないけれども。

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