「万里くん、ありがとう」
「いーって」
私がお礼を言うと、万里くんが軽く返事をしながら、私の頭をぽん、と撫でる。
なんだかこのやり取りにも大分慣れたなあ、と思っていたら、万里くんに「名前ってよくそれ言うよな」と言われた。それっていうのは、お礼のことだろう。
私がよくお礼を言うっていうより、お礼を言うようなことを万里くんが沢山してくれている、な気がする。そう返せば、「そうか?」なんて首を傾げる万里くんは、その辺りあまり自覚がなさそうだ。
「いいことだけど、そんな気にしなくていーからな」
「うん」
でも、やっぱり言うべきだし、言っちゃうなぁ、と思うから、きっと万里くんはそんな私のこともわかっていながらそう言ったんだろう。
でも考えてみれば確かに、私、万里くんに会うと「ありがとう」ばっかり言ってる気がする。
***
「あー……」
届かない。どこかに踏み台がないか探さなくちゃ。
つま先立ちになっていた足を戻して、本屋のなかを見回そうとする。その前にいつの間にか隣にやってきた万里くんがすっと手を伸ばして、私が取ろうとしていた本を取ってくれた。
万里くん、さっきまで向こうの棚を見ていたはずなのに。万里くんはいつも私が困ってるのに気付くのが早いし、言ってないのに私がほしいものが必ずわかるのもすごい。
「ほら」
「わぁ、ありが……」
「?」
ありがとう、と言おうとして、やっぱりほかの言葉にしてみようと思い直した。でも、どう言ったらいいのかな。
ちょっと考えて、最初に思い浮かんだ言葉を口にする。少し恥ずかしいし、ドキドキするけれど。
「好き」
「……、」
きっと私の「ありがとう」には、感謝の気持ちと同じくらい、「好き」って気持ちがこもっていると思った。万里くんにありがとうばっかりと言われたから、今回はその気持ちを優先して言ってみたけど、やっぱりありがとうの方が正しかった気がする。それに、かなり恥ずかしい。
そう思っていたら、ふと視界が暗くなった。万里くんの大きな手が、やさしく私の目を覆っている。
「なに?」
「名前、お前な……」
見えないけれど、すぐ近くで聞こえる声にドキッとして、本を持つ手に力が入る。万里くんに耳元で囁かれ、そのくすぐったさにびくっと肩が跳ねた。
「あんま可愛いことばっかしてると、いつか襲われるぞ」
「えっ?」
思いもしないことを言われて、言葉を失う。万里くんの手が目元から離れると同時に万里くんを見上げれば、「ま、俺は名前が嫌がることはぜってーしねーから、そこは安心しろよ」と笑った。
襲われるって、それ、万里くんにって意味だよね。えっと、万里くん、そんなこと思って……?
ぶわわわわっと、今になって顔が真っ赤になって、全身熱くなる。
びっくりして思わず手から抜け落ちた本を万里くんが咄嗟にキャッチして、くら、と力が抜けて後ろに倒れそうになった私の腰を反対の手で支えてくれた。さすが万里くん。でも、腰に回された手に、私は更に混乱してしまって、頭のなかが真っ白になる。
「っぶねー。……とりあえず出るか」
私のことを支えながらひょいと本を元の場所に戻して、万里くんと本屋さんを出る。ほぼ力が入っていない私を平気で連れて行ってくれるから、改めて万里くんは力持ちなんだな、と思った。同時に、そのために密着した身体に、ドキドキして仕方がなくて、私はやっぱりまともに歩けも、何かを言うことも出来なかった。
「動揺し過ぎ」
歩きながら、多少ましになった私を見て笑った万里くんに、誰のせいだと恨めし気に思いながら返事をする。
「だって。……万里くんのえっち」
「っ、だから、お前本当そういうとこどうにかしろ」
そういうところがどういうところかわからないけれど、万里くんの頬が少し赤くなっていて、私はなんだかそれが嬉しくて、万里くんに「なに見てんだよ」とほんのり甘い声でまたやさしく目隠しをされるまで、じっとその横顔を見つめていた。
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