私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
「で、結局部屋にあったのはこれだけ」

そう言って、万里くんは私に紙切れを見せた。
気付いたら見知らぬ部屋に万里くんと二人で閉じこめられていて、窓もなく、唯一のドアと見られるものにはドアノブすらついていない。私が気を失ってる間に先に起きた万里くんが色々と試してくれたらしいけれど、出られる気配は一向になかったらしい。
そこに現れた、唯一の部屋を出るヒント。
『お互いをときめかせないと出られない部屋』
真っ白い紙には、そう書かれていた。

「な、なにこれ?」
「さぁ?ま、時間制限もないみてーだし、ゆっくりしてこうぜ」
「なにその余裕!?」
「散々調べたけど、この部屋本当に俺達だけで、特に危険もなさそうだしな」
「そういう問題……?」

人生イージーモードだから?万里くん、余裕過ぎでは。
しかも、「よくわかんねーけど、七不思議とかもよくあるらしーしな」って、どういうことだろう。

「俺としては暫く出られなくても、それはそれで構わねーし」
「なんで!?」
「そりゃ、名前と折角二人きりで過ごせるなら、堪能しといた方がいいだろ。しかもお題がお題だし?」

なんてことなさそうに言った万里くんに、頬が一気に熱を持つ。もうっ、こういうことを簡単に言うから困る……!

「ふ、二人きりなら、出てからどこにでも行けるよ……!だからとりあえず、こんなわけのわからないところ出ようよっ」

ね!?と万里くんの手を握って必死にお願いすれば、万里くんはあっさりと頷いてくれる。

「それじゃ、」
「わっ」

万里くんがこちらに体重をかけてきたと思ったら、壁に背中がついた。万里くんの手が頭の後ろに回ったお陰で衝撃とか痛みはなかったから、そんなところが万里くんだな、なんて感じる。
後頭部から抜かれた腕が、とん、と私の頭上につく。壁に腕をついてる万里くん、かっこいい、なんて見惚れていたら、もう片方の手が私の顎をくい、と持ち上げた。
万里くんに囲われたような、逃げ場のない状態で、至近距離で見つめあう。万里くんの深くてきれいな青色の瞳がまっすぐに私を射抜く。視界も、周りも、全部万里くんでいっぱいで、それだけで頭が沸騰してしまいそうなくらいドキドキして、熱い。
ふっ、と笑って、万里くんは私の耳に唇を寄せた。

「名前、ときめいた?」
「ひゃぁ、」

耳にかかった吐息に、驚いて変な声が出た。それに小さく万里くんが笑ったのが、肌をくすぐる彼の息でわかる。
すると、顎から手が離れ、少し頭を下にずらした万里くんが、私の首にキスをし始めた。ちゅ、と聞こえた音に、首に触れる唇の感触にぞくぞくして、万里くんの肩をぎゅっと握る。

「っと、ときめいた!ドキドキしたから……!」

だから、もう離してぇ!
ばたばたと抵抗すれば、万里くんはすぐに離れてくれた……けど、「もうかよ、残念」って笑ってる顔が意地悪く思えて、変にドキドキしてしまう。ううん、さっきからドキドキしっ放しなのだけど。

「条件はお互いに、だろ?次は名前が俺をときめかせてくれる番」

ぼふっと近くにあったソファに座って、万里くんは余裕そうな笑みでこちらを見上げてくる。
え、ええー……

「ハードル高くない……?」
「どこが」

軽く笑う万里くんだけど、全然出来る気がしない。
だって万里くんって私にときめいてくれたことあった?いつ?照れてる姿は見たことあるけど、狙って出来るような自信なんてないし、それにやっぱり、ときめく万里くんって想像つかない。

「名前」

考え込んでいたら、万里くんに優しい声で名前を呼ばれる。

「こっち来いよ」

手招きしながら言われた言葉がやけに甘く響いて、私はたったそれだけで簡単にときめいて、万里くんの方へと引き寄せられる。ときめく必要があるのが私だけだったら、とっくにドアなんて開いてるのになあ。
万里くんの前に立ったら、万里くんが、ぽん、と自分の膝を叩いた。……これはまさか。いや、そんなまさか。

「座れよ、ここ」
「ええ!?」

で、出来ないよ!及び腰になる私を逃がすまいと万里くんが私の手を掴む。「あ、」 と言う間にその手を引かれて、強引にではなく、それどころか自然に私は万里くんの膝に座り、彼と向き合っていた。

「ばっ、万里くん!私重いよ!」
「余裕。っつーかちゃんと座れ」
「ひぁ」

するりと腰を撫でられて、びっくりすると同時に力が抜ける。
……いま、なにが起きたの?
目を白黒させる私に、万里くんが満足そうに目を細める。いつもよりずっと近くに万里くんの顔があって、それは私が万里くんの膝に座っているからだってわかったら、また恥ずかしくなってしまった。だから慌てて顔を逸らしたのに、万里くんの片手が頬を覆う。その熱が心地よくて、そんな場合じゃないのに、つい、目を瞑ってすり寄りたくなってしまう。

「名前、ちゃんとこっち見ろよ」

少し掠れた声で懇願されるように言われて、ドキンと心臓が高鳴る。そんな風に言われて断れるはずもなく、万里くんの方をしぶしぶ向き直れば、「いい子」と一瞬のうちに唇を奪われた。

「!! 万里くん!」
「つい」
「つい!?」
「多分俺、柄にもなく舞い上がってるわ」
「なんで!私達、閉じこめられてるんだよ!?」
「名前とこうして二人きりでイチャつけんの、結構貴重だし」

「な?」と腰に回されたままの手がそっとそこを撫でるのが、なんか、なんかちょっと、えっちだ。
イチャつくって……そりゃあこの体勢はそうとしか言いようがないけれど。

「万里くん」
「ん?」

聞き返す、その声の甘さにくらくらする。もうこのまま、私、どろどろに溶けてしまいそうだ。

「万里くんは、どうしたら私にときめいてくれる?」
「……あー」

わからなくて聞けば、万里くんが私の肩に頭を乗せて唸る。甘えるような動作がかわいい、なんて思ってしまう。

「仕方ねぇか。……名前、ドア、触ってみ?」
「? うん」

万里くんの腕から解放されて、膝から降りる。あんなに恥ずかしかったのに、離れるのが名残惜しく感じるなんて、おかしいかな。
ドアに触れたら、それはスーッと横にスライドして、開いた。

「あれ?……開いた!開いたよ万里くん!」
「だろうな」
「え、でも、なんで?」

私は散々万里くんにときめいたけど、万里くんって私にときめいた瞬間、あった?全然それらしい瞬間が思い当たらない。

「万里くん、これっていつから……」
「さぁ。案外、結構前からだったりしてな」
「え、」
「出たかったんだろ。外、出ようぜ」

言いながら、私の頭越しにドアの縁に手をついた万里くんが、少し屈んで、私にキスをした。

「!?」
「ほら」

びっくりして固まる私を他所に、万里くんがいつものように手を差し伸べてきて、条件反射で自分の手を乗せる。大好きな、大きくて優しい手に引かれて外に出れば、そこはよく通る公園の近くの道だった。
それに戸惑いながらも、外に出られた喜びや安堵よりも、私は万里くんがいつ私にときめいてくれたのか、そればかりを考えてしまった。結局、万里くんに聞いても教えてもらえなくて、わからなかったけれど。

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