私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
AO入試を来週に控えた、日曜日の午後。家にこもっているのもいい加減気が滅入るからと、気分転換に外に出た。三十分だけ、と今の時間を確認してから、散歩にいく。
駅の方へと歩いていたら、小さな人だかりを見つけた。
あそこ、人が集まってるなあ。ストリートACTでもしてるのかな?
近付いてみたら、予想通りストリートACTだったわけだけど、なんとそれをしているのは万里くんだった。驚いて足を止め、食い入るように見つめる。
万里くんと一緒にお芝居をしている二人は、見たことのない人達だ。秋組以外の組の人達かも。私、秋組の公演しか観たことないからなぁ。
劇場で観るのとは違った、もっと近くて、フリーな万里くんの演技。内容も、雰囲気も、全然違う。でも、やっぱりきらきらしていて、思わず息が止まりそうなほどかっこいい。
ストリートACTが終わり、お辞儀をする万里くん達に向かって拍手をして、良いものを見たなあ、なんて満たされた気持ちでその場を離れる。

少し歩いたところでスマホが鳴って、足を止めた。万里くんからだ。
すぐに行くからその辺にいるようにと言われて、あれ、と思う。万里くん、全然こっちなんて見てなかったと思うんだけど、まさか私がいるのに気付いてた……?


「待たせたな」
「ううん、全然」

程なくしてやってきた万里くんに、私がいたのに気付いたのかを聞いたら、「当然だろ」と彼は勝ち誇るように笑った。
それからいつものように、隣に並んで歩く。行先は特にない。冬の空は重くて、白くて、でも万里くんといると反対に心は軽くなっていく気がした。
最初に思っていた三十分からは、既に五分ほど過ぎている。

「そういえば、来週、AO入試なんだ」
「もうそんな時期か」
「それでね、万里くんにお願いがあるんだけど」

なんだ?ってこちらを見つめる目は優しくて、言う前から私のお願いを聞いてくれるつもりみたいに感じる。そんな風に思うなんて、甘やかされ慣れてしまったせいかも。

「がんばれって言って」
「は?」
「万里くんに言ってもらったら、元気が出て頑張れると思うから」

それに、あの万里くんが応援してくれたら、百人力というか。

「んじゃ、そこ立って」
「うん」

人通りの少ない道の端で立ち止まり、万里くんの方を向くと、彼の手のひらが頬を包んだ。
それに目を丸くしていたら、目線の高さをあわせた万里くんがまっすぐにこちらを見つめてくるから、大きな手の温かさにも、顔の近さにも、びっくりしてしまって、頭のなかが真っ白になる。

「がんばれよ名前。応援してっから」

そう言われて、そうだそれをお願いしたんだった、とやっと思い出した。

「でも、無理はすんなよ」
「……うん、ありがと」

ドキドキしながら、囁くように返す。だって今、緊張しすぎてちゃんと声なんて出せない。
すると万里くんがふっと目を細めて笑って、それから、ちゅっ、と私の額にキスをした。
……キスを、した……?

「!? な……え、はっ!?」
「そういうことで。俺の時は、これに負けないような激励よろしく」
「……えっ!?」

なに、え、なんで、
そんな言葉ばかりが頭を占めて、まともに働かない。
私が万里くんのことを好きなの知ってるからこういうことするの?
というか、これに負けないような激励ってなに?何しろっていうの?
わからなくて、狼狽える私の頭を万里くんがぽんぽんと撫でる。それで少し落ち着いたというのもまた恥ずかしくて、真っ赤な顔を隠すように下を向く。あんまり意味はない気がするけど。
もうなに、なんなの、万里くん。わかんないよ。
私の頬を一度撫でてから手を離した万里くんの手を追いかけるように視線を上げる。かちあった万里くんの瞳は私に向かって熱く、雄弁になにかを語っているのに、私には、それがなにかがわからなかった。

万里くんは入試前夜にも「今平気か?」なんて言って、応援の電話をしてくれたから、そういうところ、やっぱり好きだなって思ってしまった。
万里くんは、やっぱり優しくて、ずるい。

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