私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
朝起きてすぐ、お母さんに今日は雨が降るわよと言われた。それに「はーい」と返事をしたくせに、いざ玄関を出る時には、そのことをすっかり忘れてしまった。結局思い出したのは学校に着いてからなのだから、どうしようもない。
幸い放課後まで天気はもち、学校を出た時もまだ雨は降っていなかった。友達と別れた時には降り始めていたけれど、小雨だったからこのまま家まで帰れるだろうと、気持ち速足で歩く。
あーあ、結構降ってきた。ちょっとやばいかも。
雲で覆われた空を見上げたら、雨粒が目に落ちてきたので、ぱちぱちと瞬きをして下を向く。ぽつぽつと頭に落ちる雨粒を軽く手で払った。すぐ、また濡れてしまうけれど。
重い溜め息を吐いたその時、ふ、と影が差し、頭に落ちて来ていた雨が、止んだ。

「ばんりくん?」
「傘忘れたのか?」

見上げた彼が、さらりと髪を耳にかけながら、仕方ねぇな、と笑う。

「ありがとう」

すごいタイミングで来てくれたなぁ。まるでヒーローだ、なんて言ったら大袈裟か。万里くん、なんでも出来ちゃうけど、私が困ってるタイミングで助けにくることまで出来ちゃうんだ。

「折り畳み傘だから小せーけど、文句言うなよ」
「言わないよ!丁度雨が本降りになりそうだったから、万里くんが入れてくれてすごく助かったよ」

ありがとう、ともう一度彼を見上げたら、いつもの余裕そうな笑みが返ってくる。その顔が思った以上に近くにあって、びっくりして一瞬言葉を失った。
近いの、心臓に悪いよ。万里くん、かっこいいんだもん。
自分の心臓を守るためにも少し距離を取ろうとしたけれど、そうすると傘から出てしまうので、離れようにも限界がある。

「ほら、もっとこっち寄れよ」
「え、」
「これじゃ、二人して濡れんだろ」

万里くんの左手が、肩に回った。「あ、」と言う間に引き寄せられる。私がやろうと思っていたのと反対のことをされてしまった。
けれど、肩に乗ったその手はあくまでも優しくて、多分、抵抗しようとしたらすんなり私から離れたのだろう。頭を撫でられる時と同じくらい優しい手付きだからーーううん、万里くんだから、私は抵抗なんてしようとも思わず、されるがままになったけど。

左肩に万里くんの手が乗って、右肩は万里くんの身体に軽く触れたまま、並んで歩く。
確かに、さっきよりずっと雨に濡れない。特に歩きづらくもない。でも、万里くんとの距離が近くて、というか、近いどころかくっついているから、ドキドキと鼓動が止まらない。そりゃあ止まっちゃったら大変だけれども、なんて現実逃避に下らない事を考える。
どこに視線を向けたらいいのかもわからなくて身体を緊張でガチガチにしていたら、私とは違っていつも通りの万里くんが、傘を見ながら呟いた。

「正解だったな、折り畳み傘」
「……ハッ、それはまさか、傘を持ってない私への嫌味!?」
「そうじゃねーって」

万里くんは意味深にクスリと笑って、もう少しだけ私の肩を引き寄せた。
ドキッと跳ねた心臓は、無視出来ないほど大きくて、肩に、身体に感じる万里くんの温かさに、きゅっと唇を噛む。
相合傘とはいえ、なんでこんな、くっついているんだろう。
なんでこんなドキドキして……こんなに、嬉しい気持ちになっているんだろう。
そっと万里くんを見上げたら、丁度視線が絡まった。うわっ、顔が近い!なんて思ったら、万里くんの瞳が驚いたように見開かれて、それから、ふいと顔を逸らされる。
あれ?
なんだか新鮮な反応に万里くんのことをじっと見つめたら、ちょっとだけ、頬が赤いのに気が付いた。
万里くんも、照れてる?
そんなわけない。とは思うけど、でもやっぱり、そう見える。

「名前、こっち見過ぎだろ」

困ったように眉を下げて笑う万里くんは、なんだかいつもより可愛く見えて、きゅんと心臓が疼いた。さっきまであんなに緊張していたくせに、なんとなく、えい、と勇気を出して、万里くんの方に頭を寄せてくっついてみる。
ハッと万里くんが息を呑んだのがわかって、一瞬、ぎゅ、と私の肩に置かれた手に力が入った。
ドキドキと煩い心臓の音のなかに、万里くんのは紛れているのかな。私のが煩すぎてわからない。でも、紛れていたらいいな、と思った。
万里くんにくっついていると、あったかくて、ドキドキして、そしてすごく、しあわせな気持ちになる。
目を瞑ると、傘に雨粒がパタパタと音を立てて落ちる音が大きく聞こえる気がした。

……いい加減、認めよう。
初恋のあの時と同じくらい、私は万里くんのことが大好きで、あの時よりもきっとずっと、私は万里くんに恋してる。

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