「万里くんにお菓子とか作らないの?」
「えっ、なんで作るの?」
「差し入れに」
突拍子もなく言われた言葉に驚いている私のことなど構わず、あまりに当然のことのようにお母さんが話し続けるので、口を挟めない。
そうなの?そういうもの?
差し入れをするとか、一切考えたことなかった。
お母さんの話を聞きながら、これまで万里くんに連れて行ってもらったお店を思い出す。
「絶対嫌だ……」
あの人絶対に舌肥えてる。というか、なんでも出来ちゃう万里くんだ。お菓子だって、万里くんの方が私より絶対上手に作れる。うん、やっぱり嫌だ。
「それならお母さんが作っていこうかしら」
「それこそなんで」
……なんていう下らない話をしたことなんて、私はすっかり忘れていた。
万里くん本人に蒸し返されるまでは。
「今度差し入れ作ってきてくれんだろ?」
「えっ!?」
誰から聞いたの!?と聞こうとして、そんなの一つしかないじゃないと結論付ける。お母さん、また変なことを万里くんのお母さんに言って……!
「万里くんの方が上手に作れるでしょ」
「かもな」
「それなら万里くんが作った方がいいんじゃ……」
「そういうんじゃねーだろ」
じゃあどういうのなんだ。
納得出来ずにいる私に、万里くんが「よろしくな」なんて勝手に言ってくる。
「えー、いる?」
「いる」
えー、と尚も渋る私に、「わかってねぇなぁ」と呆れる万里くんの言いたいことなんて、私にはさっぱりだ。
「楽しみにしてっから」
「そんなに?」
「そんなに」
「あまりハードルを上げないでほしい」
「ならどうしろって言うんだよ」
苦笑する万里くんに「簡単なのしか作れないよ。期待しないでね。万里くんの方が上手だよ」と何度も言ったら、「はいはい」と適当な返事をされた。大したものなんて作れないのに。
***
「ということで、はいどうぞ」
「どーも」
結局、作った。
なんてことない、ただのカップケーキだ。不安で、何度も練習はしたけれど。だからまずくはないし、私は普通においしいとは思うのだけど。でも、あくまで普通に、だ。
袋の中を覗いた万里くんが、「カップケーキじゃん」と嬉しそうに呟く。なんでそんなに上機嫌なんだろう。万里くん、そんなにカップケーキ好きだったっけ?本当に、期待しないでほしいのだけど。
「ありがとな」
「お口に合えばいいけど」
「大丈夫だって。今日の稽古すっげー頑張れそう」
「ええ……」
嬉しそうな万里くんを見れば見るほど不安になる。やっぱり期待値高すぎない?
「本当に普通のカップケーキだよ」
心配で何度目かわからない確認をするけれど、なんだか万里くんと私の話していることはかみ合っていないような気がする。今日だけじゃなくて、差し入れに関してはこの間から、ずっと。
「名前が作ったカップケーキなんだから、特別に決まってんだろ」
ニカッと、眩しいくらいの満面の笑みを向けられて、ぽかんとする。
え、なにそれ。
まるで、私が作ったものだから嬉しいみたいな、そんな風に聞こえるんだけど。
その日の夜には万里くんから写真と共に「すっげーうまかった!ありがとな」と連絡が来て、心底ホッとすると同時に、自分でも驚くくらい、嬉しさがこみ上げた。
喜んでくれてよかった。
続けて届いた、「またよろしくな」の言葉は真に受けていいのかな。それなら、また何か作ってみようかな。次は何がいいだろう、なんて早速考えてしまうのは、調子が良すぎるだろうか。
prev next