私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
いつからかは、わからない。でも、違和感を抱いたのは結構早い段階だったと思う。

「万里くん、この前教えてもらったところ、昨日の小テストで丁度出たの!すごく助かっちゃった。ありがとう」
「うちもそこ、テストで出たって言ったろ?」
「うん」

頷きながら、あれ?と頭の中で疑問符を浮かべる。

***

「万里くん、これ、約束してたやつ」
「サンキュ」
「うん」

……。
おや?

***

「やるじゃん、名前」
「……」
「名前?」
「……」

物足りない。
自分でもそう思うのはおかしいとか、言い聞かせてもみたけれど。それでもやっぱり、物足りない。

「どうしたんだよ」
「……」

自分がむすっとした顔をしている自覚はある。でも、こんなの言うの、恥ずかしい。子どもかって感じだ。
万里くんを見上げると、私の様子を伺っているのがわかる。心配してくれてる。それなら、ちゃんと理由を言うべきだと思う。馬鹿馬鹿しいと呆れられるかもしれないけれど。

「……万里くんが、」
「俺?」
「さ、最近、あたま、撫でてくれない、から……」

あああ、やっぱり最高に恥ずかしい!
言うだけ言ってから、羞恥に身悶えて顔を隠す。
絶対バカって思われた!ガキって思われた!それどころか、きもいとか思われたかもしれない!
今の無し、って言おう。訂正しよう。出来れば、声が小さくて聞こえなかった奇跡に懸けたい。
ぐるぐるとそんなことを考えて、顔を上げようかどうしようかと迷っていたら、「ぶはっ」と盛大に吹きだすのが聞こえた。
うわぁ、笑われた……。

指の間から、じとりと目だけを覗かせれば、万里くんが肩を震わせて笑っている。
私の視線に気付いた万里くんが、相変わらず笑いながら、「わりーわりー」と言った。軽い。しかも手で目元を拭うので、泣くほど笑ったの?と更にムッとする。
そんな私と視線を合わせるよう万里くんが屈み、そして、ぽん、と頭の上に手が乗った。

「名前、本当かわいーな」
「は?」
「マジでカワイイ」
「な、」

なに、急に目を見てそんなこと言わないでほしい。
顔を手で隠してて良かった。一瞬のうちにむくれ顔が真っ赤に染まったのを見られずに済んだから。

「わざとなんだわ、これ」
「へ?」
「名前がどんな反応するかなーって思ってさ」
「はあっ!?」

なにそれ!

「万里くんのばか!」
「おっと」

えいっと勢い任せに前に向けた拳は万里くんの片手で軽く受け止められ、そのまま包み込むように握られてしまう。もう片方の手も握ったものの、片手を握られている状況と万里くんの手の温かさに戸惑ってしまって、行き場をなくしてしまう。
困り果てて万里くんを見上げたら、まっすぐに私を見つめる深い青い色の瞳と目が合って、へにゃ、と自分の顔が歪んだのがわかった。
だって事あるごとに頭を撫でられてたのに、最近急に万里くんが全然しなくなったから。物足りなくて。不安で。さみしくて。でもそんなことを思うのも恥ずかしくて。

「だって、わたし、こんな、はずかし、」
「あー、その、悪かったって」

ぽんぽん、と万里くんが空いている手で私の頭を撫でる。それにほんのちょっとだけ、泣きそうになった。

「……なぁ、名前」
「ん、」
「抱きしめていい?」
「っ!?」

な、なな、なに!?
びっくりして、自分でも驚くような速さで、ぴゃっと万里くんから離れた。
今なんかすごいこと言われた!

「よ、よくない!」
「チッ、ダメか」
「ダメでしょ!っていうかなんで!」
「名前が可愛いからだろ」

あっけらかんと放たれた言葉に、私はさっきから収まることなく熱が上がり続ける頬を隠しもせずに「かわいいって言うの禁止!」と叫んだ。

「しょーがねぇな。今日のところはな」
「今日のところは……?」

今日以外は言うのか。
前からちょこちょこ言われてはいるけれど。その度、私がどれだけびっくりして、ドキドキしていると思っているんだろう。
そんな話をしながらも、結局気付けばいつもの距離に戻って話しているのは、最早癖と言ってもいいのかもしれない。万里くんの傍にいるのは、ドキドキするけれど、落ち着いて、好きなんだ。
それに、……それに、抱きしめていいかなんて聞かれて逃げたのは、びっくりし過ぎただけで、本当は全然、なにも、嫌じゃなかった。
なんで、それに気付かせるの。なんでこんな気持ちにさせるの、万里くんのばか。
言いたいけれど言えない言葉は、最後のところだけ抜き取って、「ばか」とだけ溢した。
万里くんがなんでそんなことしようなんて思ったのかは知らないけれど、今日の万里くんはすごく意地悪だ。


むくれる私を見つめながら、万里くんが小さく息を吐いた。

「いい加減気付けよ、バカ」

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