絶対恋愛成就同盟


みょうじ会は一時期、銀泉会ほどの大きさの組織だったが、近年、意図的に規模を縮小している。跡取りであったなまえの両親が事故死したのがきっかけだ。

初めてなまえと会う前、莇は彼女が両親を失っていると聞かされた。母親が病気で家にいない莇は、家どころかどこに行っても二度と親に会えないことは、しかも母も父も二人とも失うというのは、きっととても悲しいことだと、幼いながらに想像を働かせた。
そう思って臨んだのに、実際に出会ったなまえは当然ながら泣いてなんかいなくて、莇はそれに虚をつかれたような顔をした。親を失ったからと年がら年中休みなく泣き続けているわけはないと今ならわかるが、幼い莇は、拍子抜けしたような感覚がしたのだ。
恥ずかしいのか、祖父の足元に隠れながら半分ほど姿を覗かせ、くりんとした丸い瞳で莇のことを興味深そうに見つめる女の子。小さな口が開き、そこから幼い、高い声でたどたどしい言葉が発せられる。

「あざみくん?」
「うん」

こくりと莇が頷いた、その肯定に何の意味があったのか。そんな説明を幼い子どもに求めたところで無意味だ。ただ、なまえは莇のその一言に、それは嬉しそうににぱっと笑った。

「あそぼ!」

それが、幼い二人が初めて交わした言葉。
莇もそうだが、大人ばかりに囲まれていたなまえは、同い年の子どもと会えたことを大層喜んだ。
なまえに手を引かれて行った先で何をして遊んだかは覚えていない。けれどその時から、二人が会ったら一緒に遊ぶのは当然になったし、それは莇にとって、とても貴重なことだった。
なまえは両親が亡くなった時、幼かったから、両親のことはよく覚えていないという。それでもきっと、親がいないのは寂しいに違いなかった。そんな様子は滅多に見せなかったけれど。
両親の分も沢山の愛情を与えようとなまえの祖父も、みょうじ会の人々もなまえを大切にしていることは一目瞭然だった。だからなまえは迷いなく、昔から自分の環境を幸せだと言っているし、本心からそう思っている。……まぁ、愛されすぎて、可愛がられすぎて、「かわいい」という自負が必要以上に芽生えてしまったような気はするが。



「先日は大変お世話になりました」

菓子折りを持ってMANKAI寮を訪れたなまえに、「今日は莇くん、まだ帰ってなくて」といづみが言えば、なまえは莇に会いに来たわけではなくてこの前のお礼を言いにきただけだと笑った。
この間は彼女の発言に色々と驚かされはしたが、一応、礼儀を弁えた子ではあるのだ。
いづみが折角だから中に入って話そうとなまえを誘えば、なまえは人好きのする笑みを浮かべて素直にそれに従った。
普段男性ばかりに囲まれた生活をしているから、年齢が離れているとはいえ、いづみだって女の子のなまえと話したいと思っていたのだ。前回はあまりその機会がなかったから、今回こそ、と。
ルンルン気分でお茶を入れて、二人でお菓子をつまむ。途中で東が仲間入りしたのだが、東が入ってからの方が女子会っぽさが増したのは気のせいだと思いたい。

***

「アイツのことを考えると好きすぎてつらい。しんどい」
「わ、わかるー!」

出会ってはいけない二人が出会ってしまったのではないか。
MANKAIカンパニーの面々は、二人を見て不安を抱いた。

いづみが途中で外出することになり、一緒に出ようとするなまえにどうせならもっとゆっくりしていってと、彼女を東に預けて出ていった。そのままお茶をしていたら、一人、また一人と劇団員が帰って来て──真澄となまえが、始めてしまったのだ。恋バナを。

「もう限界ってくらい好きなのに、会う度好きな気持ちが更に上をいくんですよね」
「そう。毎日見てても飽きるどころか、その分だけ好きになってく」
「うんうん!」

監督、どんまい。
莇については、まあ頑張れと軽く思う程度なのは、可愛い女の子に好かれるならいいじゃないかという気持ちもあるが、恋愛感情かどうかは置いておいて、二人が実際お互いを特別に思っているだろうことは、あの短い時間でも充分見てとれたからだ。
……とはいえ、先ほどから繰り広げられている「監督は」「莇は」というトークには、同情を禁じ得ない。聞いている方が恥ずかしくなる。

「莇のこと、何かあったら教える」
「わあっ、ありがとうございます!私も、いづみさんに真澄さんの話を振ってみますね」
「宜しく」

ばっちり気が合ってしまっている二人を見て、どこからともなく乾いた笑いが漏れた。
出会うべくして出会ってしまったこの厄介な二人組は、絶対恋愛成就同盟というものを組んだらしい。いまいち語呂がよくない。

「じゃあ、今度の火曜日に」
「はい!作戦会議ですね!」

何のだよ。まだ話すのかよ。なんてツッコミを入れられる者はおらず、やはり皆は思うのだ。
監督、莇、がんばれ。

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