時は止まらずとも美しい


左京が銀泉会会長、泉田喜久雄の元を訪れると、予想していた通り、なまえの祖父から電話があったと疲れた様子で聞かされた。
昔から、孫との間に何かあればなまえの祖父は泉田に嘆きの電話を入れ、なまえは莇に泣きつく。見た目も中身も全然似てない二人だが、そんなところは血筋なのかもしれない。
泉田は若い頃みょうじに世話になったそうで、あまり邪険には扱えないのだという。そうは言いつつ、明らかに遠慮なく思ったことを口にしているが。だからこそ、真っ当なヤクザ稼業を営むもの同士、会の間の友好関係が成り立っているとも云える。
泉田が、こっちはじじいに泣きつかれるのに、莇は可愛い女の子が相手でずるいというようなことを溢せば、莇は父親に勝ったような気持ちにでもなるのか、昔から自慢気な顔をしていた。「俺だって大変だ」とか言いながら満更でもない顔をしているなんて、今更指摘することでもない。

左京に、莇となまえの思い出話を語らせたら、少なくとも数時間は必要になる。それほど、左京はあの二人を見てきたし、エピソードには事欠かない。
ある時、遊びにきたなまえが帰った後、莇が左京と全く口をきいてくれないことがあった。その日左京は仕事があって、途中までは二人の様子を見ていたものの、自分が離れた後の数時間に何があったのかはわからない。会の者に聞いても、二人が喧嘩をした様子はなく、終始いつも通り遊んでいたそうだ。
夜、銀泉会に戻った左京のことを見る莇の目はやけによそよそしく……否、恨みがましいと云うべきだろうか。敵意にも似た感情を向けられることに内心非常に惑った左京だが、その真相は次の日に判明した。

「さきょーくんって、かっこいいよねぇ」

そう、なまえが言ったらしい。その何気ない一言が莇は気に入らなかったのだ。それはもう、とても。仕事から帰った左京を睨み付けながら「おかえり」と言い、その後も寝るまで寄りつかないくらいに。
真相を知った左京は、「ガキが」と一言だけ口にした。口元のにやつきは、若干誤魔化せないまま。なまえに褒められたのが存外嬉しかったのか、そんなことでわかりやすく嫉妬する莇が微笑ましかったのか、はたまた両方か。
なまえが「左京くん」と呼ぶのは、莇が左京を呼び捨てにしていて、なまえの祖父が「左京の坊主」なんて呼び方をするから、「それなら私は左京くんにする」とかいう、なんの理屈にもなっていない理由からだ。
随分ませた呼び方だし、昔からひらひらのスカートで思いっきり走り回る、とんだじゃじゃ馬娘だが、可愛くないわけではない、と左京は思っている。それはつまり、とても可愛い、とも翻訳出来る。その左京の気持ちを誰よりも正しく理解しているのは、良いのか良くないのか、なまえ本人だ。伊達に可愛がられ慣れていない。多分左京からも可愛がられて当然とでも思っているのだろう。まぁ実際、その通りなのだが。

***

「そのお菓子、なまえちゃんからもらったんですよ。この間はお世話になりました、って」
「ああ」

いずみに勧められ、クッキーを一つ手に取る。アイツがやりそうなことだ。
ほぼ家にいるみたいな家出をしながら、今日も一応家には帰っていないのだろう。……まぁ、祖父は随分萎れているらしいが。それでも喧嘩の発端となった発言を撤回しないのは、きっと──

「その時なまえちゃんと話したんですけど、すごく可愛らしくていい子ですね。あんな妹がいたらいいなぁ」
「あれで案外、大変だぞ。とんだじゃじゃ馬だからな」

「またまたー」と笑ういづみに具体例でも話してやろうかと思ったが、やめた。きっと時期にわかるだろう。

なまえは子どもっぽいところが多々あるものの、手があまりかからないのも事実で、昔から、ガキのくせに大人たちの事情を察して不必要な気を遣うような子どもだった。大人に囲まれて育ったせいだろう。
しかし、色々なことを察するくせに、どこかずれている。肝心なことがわかっていないのが、残念なところで、なまえらしいといえばらしいところだ。
今だって、莇に大切にされているという自覚はちゃんとあるくせに、それが幼馴染だからだと思い込んでいる。

(……まぁ、そこは坊にも責任はあるが)

如何せん、莇は父親に似て驚くほど素直じゃないのだ。驚くほど、という言葉はこの場合、可愛いくらい、とも言い換えられるが、勿論それを言う左京ではない。そしてこちらは、なまえとは違い莇本人にはいまいち理解されていないのだが……それも良いのか、悪いのか。

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