夕焼けが少し朱すぎた


監督というカードを使用せず真澄と仲良くなるなんて、しかも初対面でなど、至の言うところの無理ゲーだ。しかも、異性が。
しかしそれは、今実際に目の前で起こっていた。
紬を真ん中にして、なまえと真澄の三人が話している。といっても、実際は紬となまえが主に話しているし、内容も祖母、祖父話なのだが。おばあちゃん子二人と、おじいちゃんに育てられたなまえという、言うなれば孫会のようなものだ。だとしても、真澄がその場に座って話の輪に入っていることは間違いなく珍しいことと言えた。
因みに、先ほど寮に戻ってきた真澄をシトロンがリビングに引っ張りこんだため、真澄自身今回の騒動のことなんてほぼ知らないし、そもそも興味も微塵もない。

テーブルの向かい端に座って三人の様子を見ていた莇は、小さく息を吐く。
もやもやする気持ちをもし言葉にするとしたら、なんでよりによって真澄さんと仲良くなってるんだ、にでもなるだろうか。本来であれば驚きがくるはずが、莇が抱いた感情はどうにも単なる驚きとは言えなかった。
憮然としてそちらを見つめていたら、なまえが莇の視線に気付いたのかこちらを見て――それは嬉しそうに、ぱぁっと笑った。その様子は、花が咲いたように、と形容してもいいかもしれない。
ほんのりと頬を染め、にこにこと手を振ってくるなまえに、莇は毒気が抜かれたような気がして、そして先程よりも若干機嫌の悪さも和らいで、ほんの一度だけ、小さく手を振った。手を振るような距離じゃないだろ、と思いつつ。
そんな莇の小さな返事になまえが大喜びするから、何事かと一緒にいた紬と真澄も莇の方を見るので、莇は慌てて視線を逸らした。手はしっかりとテーブルに下ろして。


「なまえ、そろそろ帰れ」
「えー」
「ほら、行くぞ」

夕方も近くなり、莇がなまえの傍にいくと、なまえは莇が来たことで反射的に表情を明るくする。
けれどすぐに眉を下げ、名残惜しそうに周りを……そして最後に殆ど言葉を発しないながらもずっとリビングにいた左京を見てから、立ち上がった。

「皆さま、大変お世話になりました。お騒がせして申し訳ありません」

ぺこりときれいにお辞儀をしてから、莇の隣に立つ。なまえとてわかっているのだ。ずっとここにはいられないし、迷惑をかけてもいけないことを。

「なまえちゃん、また来てね」
「いいんですか?」
「勿論」

微笑みながらいづみがかけてくれた言葉に、なまえがきょとんと目を瞬かせる。太一や紬をはじめとしたみんなも口々に「もちろんッス!」「また来てね」と言ってくれるので、なまえは嬉しそうに笑った。

「はい、ぜひ!」

***

「ねぇ莇」
「あ?」
「急に行ったこと、怒ってる?」
「別に」

夕日の下、速くはない速度で歩く二人の影が伸びる。
そっけないけれど、決して冷たくはない莇の言葉に、なまえは嬉しそうに微笑んだ。

「あざみ、手、繋ごうよぉ」
「なっ……繋がねぇ!」
「知ってるけどさー」

なまえのこんなおねだりはいつものことで、それに毎回焦った顔をして莇が断るのもまた同じだ。それになまえが眉を下げて笑う。

「劇団の人達、いい人達だね」
「ああ」
「莇、よかったね」
「……ああ」

にこにこと笑うなまえに、莇は「今日、どうすんだよ」とぶっきらぼうに聞く。

「本当は、莇のお部屋に泊まれるのが一番嬉しいんだけど」
「はぁ!?な、なに言ってんだよ、出来るわけねーだろ!」
「って言われるのはわかってたから、今日泊まる場所は決まってるよ」

なまえが名前を挙げたのは、彼女の世話役……というより、乳母と呼んだ方が近い女性の名前で、それはほぼ家出とは呼ばないのでは、と思うほどなまえの実家から距離としても、人としても近い家だ。
明日はあの人のところ、明後日はあの家、と挙げていくのは、どれもみょうじ会の親しい人間の名前ばかりで、なまえの家出は、そもそも祖父にも、会の人間にも、心配をさせないようにと配慮されていることが伺えた。そこまでの思いやりを見せながらも家出なんて形を取ったのは、それほどになまえが今回のことを受け入れられなかったからだ。

「俺が言えた義理じゃねーけど、早く解決させろよ」
「おじいちゃんが悪いんだもん」

ぷい、と拗ねるなまえに莇がそれ以上何も言えないのは、間接的に莇も今回の件に関係があるからだ。なまえが莇と結婚したいなんて、昔から言っているから。
けれど莇はこれまで一度もそうしたことがないように、なまえの願いに頷くことも、……しかし、家を継ぎたいなら祖父の言う男と結婚すればいいなんて突き放すことは尚更、出来なかった。


なまえを送って寮に帰ると、「おかえり」という声がいくつも聞こえてくる。それに返事をして部屋に戻ったら、部屋を出ようとしていた左京と鉢合わせた。どこかに出掛けるらしい。

「坊、そろそろあっちも腹括る必要があるんじゃねぇか」
「あ?」

すれ違いざまにかけられた言葉に、ギロリと左京を睨み付け、当然のようにいつもの悪態を吐く……はずが、今日は調子が悪いのか、何も言葉が出なかった。それを左京は一瞥して、出掛けていく。

「チッ」

左京が出ていったドアを睨みつけながら、「んだよ」と莇は呟いた。
腹を括るってなんだよ、クソ。

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