奔流に呑まれる


ふわふわ、ひらひら、にこにこ。
そんな擬音語が似合う女の子がMANKAI寮のリビングにいるのは、なんとも奇妙な感じがした。
興味深そうに目を輝かせてリビングを見回しているなまえは、恰好としては、唯一の女性であるいづみよりも幸の方が近い。だが、幸はこんなに能天気にほわほわしながら座ったりなどしないので、やはりなまえがいる光景は新鮮だった。
みょうじなまえは、到底ヤクザの孫娘とは思えない風貌をしているものの、幼い頃からずっと変わらず「私がこの家を背負う!」という将来の夢を抱く、なかなか気骨のある女の子だ。
幼くして両親を事故で亡くした彼女は、祖父に大層可愛がられ、会全体で蝶よ花よと愛でられて育ってきた。
そんな彼女が、祖父と喧嘩して家を出て来た。
これまでも喧嘩はしょっちゅうあったが、家を出るなんてことはなかったはずだ。
場所を借りることもあり、莇や左京だけではなく、監督や支配人も同席して話を聞く。ついでに寮にいた劇団員達も野次馬をしようとぞろぞろと集まっていた。
席に着いて早速「家出って、なんだよ」と莇が聞けば、なまえは笑顔を引っ込め、ぷんすかと憤りをみせた。眉をつり上げたところで、その顔にヤクザの孫娘らしき圧は皆無だ。

「おじいちゃん、ひどいの!私を勝手に結婚させようとするんだよ!」

なまえの怒りに満ちた声に、周りがあげた言葉は、「はあ?」だった。
ヤクザの孫娘――しかも、家の名を背負うことを望むのであれば、縁談も有り得るのかもしれない。だが、それにしても結婚なんていう、自分達にも、また莇と同い年で、結婚をする年齢にしてはあまりに若いなまえにも、随分と遠い言葉が出て来たことに驚かずにはいられなかった。
しかし、なまえが怒っているのには更に理由があった。彼女には、幼い頃から変わらない夢がもう一つあるのだ。

「私はずっと、ずーっと、莇のお嫁さんになるって言ってるのに!」
「はぁっ!?」

今度こそ、一部を除いた団員達の大声が寮内に響いた。
ちなみにその中には、驚きではなく、照れと動揺で声を上げた莇の声も含まれている。

***

高校に進学して少しした、高校生活にも慣れた頃──といってもなまえが通うのは幼稚舎から大学まで一貫の、由緒正しいお嬢様校なので、中等部から高等部に上がっただけでそこまで大きな変化はないのだが。
そんなある日、なまえの祖父が突然、聞いたことのない家の名前を出し、その嫡男なんてどうだと言い出したのだ。どうって、何が?そんなの結婚相手に決まっているだろう。……なんて会話から始まったやり取りが大喧嘩に発展し、遂になまえが伝家の宝刀、「おじいちゃんなんて大っ嫌い!」を抜いて家を飛び出してきたのだという。

「……で、お前はなんでここに来たんだ」
「お前じゃなくてなまえちゃんだよ」
「んな風に呼べるか」

「左京くんのいじわる」なんて平気な顔で言うなまえを周りは目を点にして見つめる。
初めて会った頃、莇の左京に対する態度にも驚いたが、これもこれでまたすごい、と。

「私はおじいちゃんひどいでしょって話を聞いてもらいに来たの。ついでに莇が結婚してくれたら問題は解決するんだけど」
「なっ……!するか!」

バンッとテーブルを力任せに叩いた莇に、なまえは驚いた様子もなく、「ケチー」と頬杖をつきながら、むぅ、と唇を尖らせる。その様子を、いちいち動作が可愛いんだよなと客観的に思いながら見ていたのは、誰だったか。

「莇はまだ十八になってないしなぁ」
「そういう問題でもないと思うけど……」

臣がぽつりと呟いた言葉に、いづみが苦笑する。
莇の時とは違い、どうやらなまえは行き先がなくて来たわけではないようなので、ひとまずいづみ達は彼女を莇の客として迎え入れることにした。
話がまとまると、各々、好きに散っていく。とはいえ当然ながら、興味の対象はまだまだなまえから移ってはいないので、部屋から出ていった者は少なかったが。これまで綴やシトロン、太一の兄や弟、妹など様々な客を迎えてきたMANKAIカンパニーだが、今回の件はまたこれまでとは違った珍しさがあった。
偶然か必然か、早速なまえに話しかけにいったのもこの三人だった。正確には二人と、シトロンにぐいぐい手を引かれた綴だが。

「私は小さい頃から何回も、大きくなったら結婚しようねって言ってるのに、莇は一度も流されたことないんですよ!」
「いや、流されるって……」
「アザミ、医師が怖い男ネ」
「それを言うなら、意志が固い男」
「そうなんです!もう、莇ってば硬派!かっこいい!」
「今の褒める流れだったのか……?」
「でも、確かにあーちゃんは硬派でかっこいいッス!」

四人の会話が聞こえてきて、莇は「いい加減にしろ……」と頭を抱えた。聞こえてきてもなにも、先ほどからチラチラと向こうを気にしていたのだけど。

「俺っちの妹もあーちゃんと結婚するって言ってるから、そっちも複雑だったけど、これもこれで複雑な気持ちッス……!」
「えっ!」
「オー!恋の三角巾ネ!」
「三角関係な」

太一の妹が幼稚園児と聞いて、その年齢に安心するどころか「そんな幼い子の心まで奪っちゃうなんて……」とわななくなまえをシトロンが「ファイティンダヨ!」と励ます。目まぐるしく展開していく会話に綴が振り回されている様子は、案の定と言うべきか、いつも通りと言うべきか。

「あっという間に仲良くなったみたいだね」

なまえ達を見て、苦笑しながらも穏やかな声で紡がれた紬の言葉を莇は決して晴れやかとは言い難い表情で聞いていた。

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