愛という武装


「大丈夫か?」
「私は大丈夫だよ」

うまい言葉が見つからなくて、そんなことしか聞けない莇に、なまえは頷きながら答えた。とはいえ、今回ばかりは少し緊張しているようだ。
MANKAI寮を訪れて家出したと宣言した時は、それがこんなに長く続くなんて思わなかったし、莇まで一緒にみょうじ会に行くことになるなんて尚更思わなかった。莇も、なまえも。

「本当に、平気なんだよ」

隣を歩くなまえが覗き込むようにして莇を見上げて微笑む。

「だって、莇が一緒にいてくれるんでしょう?……なんて、かわいこぶり過ぎ?」
「だな」

ふっと笑った莇に、なまえも少し力が抜けたように笑った。

***

だだっ広い和室に通されると、その奥にはみょうじ会長が一人、座っていた。
普通に座っていれば威厳があるのに、目が合った瞬間、なまえにプイッと顔を逸らされて、あからさまにショックを受けた顔をするから台無しだ。

「お前は?」
「付き添いだ」

みょうじ会長からの、一般人であれば圧倒されるような一睨みを受けても莇は平然と答える。大体、つい今しがたあんな悲しそうな顔を見せた後で凄まれても、と莇としては思う。
準備された座布団に二人で並んで座ると、最初に口を開いたのはなまえだった。

「おじいちゃんの意地悪。キライッ」
「おいなまえ」

ぷりぷりと怒って、開口一番子どもみたいなことを言うなまえを莇が止める。いちいち大きなダメージを受ける祖父が可哀想だからではなく、それでは話にならないからだ。

「アンタ、なまえに見合いを勧めたんだろ」
「ああ、そうだな」
「私、嫌だよ」

不機嫌な声でなまえが主張すると、莇が更に続ける。

「アンタがなまえに見合いを勧めたのは、家のためなんだろ」
「この家を支えんのがなまえの夢だからなぁ」
「アンタが何考えてんだか知らねぇけど、そもそも見合いなんか必要ねーだろ」
「ほぉ?」

はっきりとなまえを庇った莇に、なまえが驚いたように隣を見る。
続けろ、と自分を見やるクソジジイに莇から言いたいことは、ただ一つ。

「智将とか古だぬきとか呼ばれてんだから、なまえが家のこと支えながら好きなやつと一緒になれる道なんて、アンタならいくつでも作ってやれるだろ」
「はっはっ!小童がよく言うわ!……古だぬきは余計だ」

おかしそうに笑って、なまえの祖父はじっくりと二人を交互に見つめる。

「……まぁ、出来なくはないなぁ?」
「え、そうなの?」
「そうだよ」

驚いたなまえの溢した言葉に、にこにこと、それまでとガラッと調子を変えた声で話しかける祖父。それを聞いて、莇は内心溜め息を吐いた。まさかこうもあっさり認めるとは。

「じゃあなんで急にお見合いとか言い出したの!?」
「老い先短い我が身を憂いて、可愛い孫の将来をはっきりさせてやりたくてなぁ」
「なにそれ!」

猫なで声の祖父をなまえが一喝する。
ひとまずはこれでお見合いの話は潰れるだろうか。莇が動向を見守れば、なまえと祖父はさくさくと話をまとめ、見合いはしない、お見合い写真も撮らない、代わりになまえの高校進学を記念した写真を撮る、と一点一点確認していた。
……もう既に高校入学の写真、撮ってたよな、と莇は父に送られて来ていた写真を思い返す。みょうじ会長は、あれよりもっと華やかな衣装を着せたかったらしい。相変わらずの親バカっぷりだ。祖父だけど。
まぁ、それで話が丸く収まるのなら、それで良い。また銀泉会に自慢の写真が送られてくるのだろう。問題はキラキラした瞳で「可愛かった?」となまえに聞かれることだけで、着飾った彼女を見るのは、悪くない。

祖父とこれまでで一番長かった喧嘩の仲直りをした後、なまえは莇と一緒に部屋を出る。今日もまた、流れに任せて手を繋ごうと試みて失敗をしていた。
みょうじ会長は座布団に座ったまま、その様子を見送る。
──生意気な泉田の一人息子は先ほど、言っていた。なまえが家のこと支えながら好きなやつと一緒になれる道を作ってやれ、と。

「なまえが好きなヤツと一緒になる道、ねェ。つまり自分と一緒になれるよう工面しろってか」

ずうずうしいこった、と皮肉を言いつつ、口元は弧を描いている。
可愛い孫娘はきっと、「なまえが、好きなヤツと」と莇が彼女の自由を訴えているとでも思ったのだろう。捉えようによっては、今現在「なまえが好きなヤツ」と一緒になる道を求めているとも聞こえることになど、気付いてもないはずだ。そして長年二人を見てきた祖父は、後者の捉え方をした。
目にいれても痛くない、可愛い孫を嫁になど誰がやりたいものか。
けれど莇以上になまえを幸せに出来る男がいないだろうことも、なにより、なまえが幼い頃からずっとそれを願っていることも知っている。
ならば、幼い頃から、やっと一歩進んだかと思えば次の日には一歩下がる、を延々と繰り返している孫達の背中をそろそろ押してやろうではないか。そう思って一肌脱いだのが、今回の一件だ。最終的には莇が一緒に会いに来るだろうことも勿論、見越して。寧ろ、みょうじ会の人間にも手回しをして、そうなるよう仕向けて。

「おう、入れ」

来客を告げられ、若い頃に智将とまで呼ばれた男は飄々と返事をした。
この時間に「彼」が来ることもまた、計画していた通りだ。

back top next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -