未完成のキャンバス抱いて


今日はMANKAI寮で大々的に倉庫の片付けを行うことになっており、迫田となまえも手伝いに駆り出されていた。どちらかというと、「押しかけた」が近い気もするが。
後で大道具の整理のために鉄郎も来ることになっている。

上から下へ、右へ左へ。忙しなく劇団員達が荷物を持って歩き回る。
丞と行っていた作業を終え、倉庫に残っているものの確認に来た莇は、なまえがそこでリストの点検をしているのを見つけた。さっきから、どこを見てもいなかったわけだ。……別に、捜していたというわけではないが。

「お疲れ」
「あっ、莇だあ!お疲れ様!」

莇の姿を確認してパッと表情を明るくしたなまえは、「作業するところが違ったから、なんだか久しぶりな気がする」と素直に喜びを滲ませる。

「ずっとここにいたのか?」
「ううん、一応私もさっきまで荷物を運んはいたんだけど……」

困ったように表情を曇らせ、なまえは朝からの出来事を莇に話そうと口を開いた。


――詰んである段ボール箱は、すべて二階から一階へと持っていくらしい。そのうちの一つをなまえが持ち上げたところ、たちまちその重みが消え、段ボールで埋まった筈の視界が開けた。

「持っていく」
「え?」

それだけ言って、十座は既に抱えていた段ボール箱になまえの箱を加え、二箱を軽々と持っていってしまう。

「ありがとう、ございます……」

なまえは呆然としながら、十座の背中にお礼を言う。
呆然としてしまうのも仕方がない。既に今日、一成、紬に続いて三回目なのだ。このような出来事は。
女の子扱い、と言えばいいだろうか。大きな荷物を持とうとする度こうなって、結局手持ち無沙汰になってしまったなまえは、いづみの指示を仰いで倉庫にあるリストの点検をすることになったのだ。


「十座さんはともかく、私、多分一成さんと紬さんより強いのに……」
「それ、本人達にはぜってー言うなよ」

呆れを含んだ莇の声に、「はーい」と返しながら、なまえがリストにチェックを記入する。
本人は納得がいかなさそうだが、莇としては、これでなまえがもう少し自覚を持ってくれたらと思わずにはいられない。力仕事をするななんて言わないし思わないけれど、もう少し頼ってほしいとくらい、思ったっていいだろう。

「そうだ、今何時かな?」
「十一時過ぎたとこ」
「どうしよう、もうお昼の準備始まっちゃったかな!?」

急がないと、と言いながらなまえは終わりかけていたリストの残り数行に取りかかる。
昼食は、臣が準備するのをなまえも手伝うことになっているのだ。
なんでもなまえは最近、ちゃんと料理が出来るようになろうと思ったそうで、臣に、莇が好きなメニューを教えてほしいと頼んでいるらしい。
「花嫁修業をするって張り切ってたぞ」なんて穏やかに語った臣に、莇が盛大に動揺したのはつい先日のことだ。力仕事の方はともかく、こういう方面での自覚と意欲は、若干ありすぎて困る。
それ以来、「今日のおかずはどうだ?」、「莇はどれが好きだった?」なんてしばしば聞かれるから、ただでさえ莇は臣の優しい言葉や気遣いに気後れするのに、余計反応に困っているのだ。
ただ、なまえは随分張り切っている様子なので、それに水を差すようなことは、莇からは言えずにいるのだけど。

「お手伝いがんばるから、楽しみにしててね!」
「……まぁ、臣さんの飯はうまいからな」

なまえの顔を見て素直に楽しみにしてると言えるまで、あと何年かかるやら。

***

予定していた分の片付けを終え、なまえはいつも通り莇に家まで送ってもらっていた。
莇と並んで歩きながら、今お世話になっている相手を伝えると、自然とそのまま思い出話に花が咲く。それは最近では、泊まる家が変わる度のお約束のようなものになっていた。

「折角だから挨拶してく?」
「そうだな」

顔くらい出しとくか、と莇もなまえと一緒に家の前に立つ。
インターホンを押すと、家主がいつものように朗らかに――ではなく、焦った様子で家から出てきた。きょとんとしながら莇と目を合わせ、何があったのかと尋ねる。なまえも莇も幼い頃からよく知る男は、二人の顔を見比べて……それからなんとも言いづらそうに口を開いた。

「実は、今度の土曜日になまえちゃんのお見合い写真を撮るって会長が……」
「……え?」
「は?」

なにそれ!となまえが激昂し、莇は目を見張る。
なまえと祖父の関係及び話し合いは、莇が想定していた以上に平行線を辿っていたのだ。

「ありえない!」

怒りと焦りが入り混じり、頭に血がのぼっていたなまえだが、今この場では何を言っても無意味だと、一旦深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
ふぅ、と深く息を吐いたなまえは、それから惑うようにゆっくりと横に視線を向ける。

「あざみ、どうしよう……」

初めて、なまえがこの件で不安そうな顔をした。
莇を見上げた瞳は揺れていて、莇はまっすぐそれを見つめ返す。
なまえの弱々しい表情を見て、名前を呼ばれて。考えるより先に、言っていた。

「俺も行く」
「え?」
「じいさんとこ。話に行かなきゃなんねーんだろ」
「……うん」

小さくなまえが頷く。

「ありがとう」

にへ、といつもより弱く笑ったなまえに、莇は自分の拳を握った。


二人の様子を見守っていた家主は、ホッとしたような顔を見せた。なまえがこの場で泣きだしたり、怒りのままに家に走って行くのではないかとハラハラしていたから。後者であればまだ良いが、前者だったら自分は明日には半殺しになるだろう。
だから、二人の様子に彼は安堵し……そして感嘆もしていた。あることを思い出しながら。

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